パトリシオは、まるで大きな岩のように盛り上がった筋肉に、それに比例する強烈なパワー、グラウンドでも立ち技でも相手を仕留められるフィニッシュ力をもつ傑出したファイター。加えて決して完璧ではないが、人間味溢れるエモーショナルなキャラクターももつ。そして何より、兄のパトリッキーと、ベラトールの頂を目指して、支え合い励まし合ってきたかたい絆がある。
ピットブル兄弟の感動的なストーリーは、人との繋がりが薄くなり、人間の温かみを感じる機会が少なくなった現代において、多くの人たちの胸に響き、新たなファンを獲得している。
いまやベラトールの顔と言っても過言ではないピットブル兄弟は、どのようにして格闘技に進み、そしてベラトールを代表する選手にまで上り詰めていったのか。今回はパトリシオ“ピットブル” フレイレ選手を丸裸にしていこう。
プロフィール
名前 : パトリシオ・”ピットブル”・フレイレ
生年月日 : 1987年7月7日
出身地 : ブラジル
身長 : 165cm
体重 : 66Kg
戦績 : 34勝5敗(11KO 12SUB)
階級 : フェザー級、ライト級
所属 : ピットブル・ブラザーズ
獲得タイトル : 元ベラトールライト級、フェザー級王者
入場曲 : ブラジル国歌
バックボーン : ブラジリアン柔術
公式 HP : ー
Twitter : @PatricioPitbull
Instagram : Patricio Freire Official
Youtube ー
アパレル https://bellatorshop.com/(ベラトール公式ショップ)
ファンクラブ ー
今年で35歳を迎えたパトリシオ。格闘家としてはまさに円熟味を増してくる時期である。一体彼の強さの秘密はどこにあるのか?ここからはパトリシオ“ピットブル” フレイレ選手の格闘人生を幼少の頃まで遡って見ていこう。
最強ブラジル人、総合格闘家へ
きっかけは兄弟喧嘩
1987年7月7日、パトリシオ・“ピットブル”・フレイレは兄パトリッキーよりやく1年半遅れて、ブラジルのリオグランデ・ド・ノルテ州の決して裕福では無い家に生まれる。当時は郊外にある2LDKの小さな家で、パトリッキーもふくめ4人のいとこ兄弟が1つの部屋ですし詰め状態になって寝ていた事もあるそうだ。
幼少の頃は兄弟喧嘩をよくしていたが、年下のパトリシオが兄を負かす事が多かったそうだ。弟に喧嘩で負ける事が悔しくて兄パトリッキーは、ブラジリアン柔術のジムに通い始めたが、パトリシオこのまま放っておけばいつか兄にやられると、後を追うように入門する。
プロデビュー
ジムに入り、兄と切磋琢磨しながらメキメキと力を付けていくパトリシオ。
パトリシオは、先にジムに入った兄を差し置いて2004年3月9日にプロデビューを果たす。デビュー戦の相手は、日本のHERO’Sのリングでも活躍した。アンドレ・ジダ。パトリシオはプロデビュー同士のこの試合を見事に1RTKOでデビュー戦を勝利で飾った。
天賦の才を持つパトリシオは、圧倒的な強さで連戦連勝。ブラジルの様々な団体の試合に出場しては、その殆どを2R以内のKOが一本で勝利を収めている。また、決め技もアームロック、ヒールフック、ギロチンチョーク、パンチの連打に飛び膝蹴りと多彩すぎるバリエーションで、警戒する技が多すぎるために、相手は結局何もできずにキャンバスに沈められるという試合も多かった。
世界屈指の団体、Bellatorデビュー
デビュー2年目、いきなりの快挙!
兄パトリッキーと共に破竹の勢いで勝ち続けるピットブル兄弟。ついにその名声はいよいよアメリカにまで轟き、2010年にパトリシオが、2011年は兄パトリッキーがBellatorと契約を結ぶ。
2010年4月に行われた、Bellatorフェザー級トーナメントの1回戦で、パトリシオはBellatorデビューを果たす。このデビュー戦でパトリシオはウィリアム・ロメロを1R2:01、踵固めで瞬殺し、見事にデビュー勝利を飾ると、次戦では前年の同トーナメントで決勝まで上り詰めた、ウィルソン・へイスと拳を交わし、見事判定で勝利し、一気に決勝まで駒を進めた。
決勝では、あの山本KIDと対戦し激戦の末勝利したジョー・ウォーレンと対戦。前半は得意の打撃でウォーレンを圧倒し、今回も早期決着を観客や視聴者に予感させたが、なんと2R以降からウォーレンの動きが一変。激しい打撃と膝でパトリシオを圧倒し、さらに3Rでは何度もテイクダウンをとり、完全にパトリシオを制圧。最後までウォーレンに試合のペースを握られ、0-3の判定で、パトリシオはプロキャリア初の敗北を経験した。
敗北の悔しさを経験したパトリシオは、更に真剣にトレーニングに打ち込み、翌年の同トーナメントに出場。一回戦を強烈なパンチからのパウンドで勝利すると、準決勝では、再びウィルソン・へイスと対戦。リベンジに燃えるへイスをスタンドパンチで叩きのめしてTKOで破り、順調に決勝へ駒を進めた。兄のパトリッキーもライト級の決勝に駒を進め、ベラトールを席捲するピットブル兄弟に注目が集まった。
決勝では2009年から負けなしの11連勝、破竹の勢いで決勝まで上り詰め、この後計4度も戦う事になるダニエル・ストラウスと対戦し、激戦の末3-0の判定で勝利。ベラトールデビューわずか2年目で、猛者が集うトーナメントの頂点に立った。
パット・クランとの死闘
この勢いで一気にフェザー級のタイトルショットを決めたいパトリシオだったが、2012年9月に予定されていたパット・カランとのタイトルマッチが、カランの怪我により急遽延期。だがパトリシオはカランの怪我に懐疑的だった。
“カランの負傷を裏付けるような写真を見たり、確かな情報を得ているか? 俺は信じていない”
とSNSで発信し、カランが自分との対戦から逃げたと思っていたようだ。
だが、カランのかかりつけの医師から試合が出来ないレベルの怪我であることを証明する診断書を見せられると
“写真も何も見ていなかったから、彼が嘘をついていると思ったんだ。ここに来て、本当に怪我をしていることが分かったよ”
と、この試合のキャンセルを最終的には受け入れた。
このキャンセルのせいもあり、2012年は試合のないまま終えたパトリシオ。
2013年1月、ようやくカランとの試合日程が決まり、1年半ぶりの試合復帰となる。
カランはボクシングと柔術をバックボーンに持ち、高度なボクシングテクニックとグラウンド技術を駆使して相手に合わせてファイトスタイルを変え、寝技、KOどちらでもフィニッシュを狙える強敵だ。
当時は「総合格闘技に洗練されたボクシングは存在しない」と言われていたが、2013年1月17日に行われたこのタイトルマッチではそんなイメージを覆す、芸術的ともいえる高度なボクシングマッチが行われた。
グラウンド巧者のカラン相手にグラウンド勝負はしたくないパトリシオに、カランも真っ向からボクシング勝負を挑んできたのだ。豪腕を振り回し、見るからにヘビーなフックで一発を狙っていくパトリシオ。軽やかなフットワークを使って回り込みながらジャブやカウンターを的確に当てていくカラン。両者ディフェンスも素晴らしく、お互いの一発でもモロに喰らうとキケンなパンチを、ギリギリの所で回避しながらカウンターを出していく。この激戦はフルラウンド続いたが、決着は付かずに判定へ。非常に難しい判定となったが、1-2で、若干有効打に勝ったカランに軍配が上がった。
敗北はしたものの、この壮絶かつ、洗練されたボクシングマッチは多くの視聴者を感動させ、パトリシオの評価を更に上げた。
兄、パトリッキーはこの年、成績不振に陥ったが、パトリシオの方は2013年7月のフェザー級のトーナメントに出場し、決勝ではジャスティン・ウィルコックスを1R2:23で叩きのめしTKOで勝利して、見事2年連続トーナメント制覇を達成した。
パトリシオは再びフェザー級のベルトをかけて、パット・カランに再戦を申し出たが、2014年6月に予定していた試合はカランの負傷により延期、試合は7月に変更されたが、今度はパトリシオの怪我により、結局試合は9月5日まで延期された。
この度重なる延期にパトリシオはカランへのフラストレーションを募らせ、ツイッターでもカランと舌戦を繰り広げた。
パトリシオは試合前、
「試合中は感情に流されないよ。俺は10年間、プロのファイターとしてやってきたし、パット・カランに対してネガティブな感情を抱いているが、試合にその感情は持ち出さない。試合中に怒りの感情を使うことはない。もし俺が試合中に感情的になっていると思ったならそれは大間違いだ。彼との言い合いは、単に僕をトレーニングにより掻き立てただけだよ」
と、個人的な感情はありつつも冷静に試合運びをすると宣言。さらに、直前にベラトールの代表が現代表のスコット・コーカーに代わった事を引き合いに出し、
「新代表、そして新チャンピオン。スコット・コーカーが初めて王冠を載せるのは、パトリシオ・フレイレだ」と宣言した。
そしていよいよ待ち焦がれていた、フェザー級タイトルを懸けたリベンジマッチが始まる。完全なボクシングマッチだった前回の試合を反省し、今回は総合格闘技の試合をするとも語っていたパトリシオ。その宣言の通り、多角的で戦術的な試合運びをしていく。
大振りのフックでカランにプレッシャーを与えながら、隙を作らせてタックルを仕掛ける。この作戦で度々テイクダウンを取り、試合を優勢に進めていくパトリシオ。だが、戦略的になりすぎて両者積極性に欠け、4Rでは観客からブーイングが浴びせられる。
しかし、試合後半、パトリシオは左の強烈なフックでカランをキャンバスに叩きつけ、さらに終了間際には右アッパーでカランの顔面を粉砕し再びダウンを奪い、最後の最後に強い印象を残して試合終了。
前半のテイクダウンや後半の印象的なダウンがポイントになり、パトリシオは、3-0でリベンジに成功! そして、宣言通り、スコット・コーカーが初めて戴冠する初の王者に輝いた!
ライバルとの再戦とウィル・ブルックスとの激突
2015年1月16日には、フェザー級トーナメント決勝で激闘を演じた、ダニエル・ストラウスがパトリシオのタイトルに挑戦。ストラウスはパット・カランを一度は破って王者に輝いた紛れもない実力者だ。本当の王者と認められる為に、ストラウスに勝利する事は必須条件だった。
試合は両者顔面を血に染めるタフな試合となったが、4R後半、パトリシオがバテ始めたストラウスのバックマウントを取り、リアネイキドチョークを極めて一本で勝利。強敵相手に初防衛を果たした。
さらに次戦でもダニエル・ウェイチェルを2R開始後、左フック一発でキャンバスに沈め、2度目の防衛に成功、連勝を7に伸ばす。
その後、ストラウスとの3度目の対戦が同年11月に予定されたが、開催地であるミズーリ州セントルイスで、ある事件が起こる。
当時ベラトールライト級王者であったウィルブルックスが、セントルイス滞在中に「ピットブル兄弟に襲われた」と主張し、血にまみれたTシャツをSNSにアップしたのだ。
このブルックスの主張にパトリシオは反論する。
“ウィル・ブルックスはウソつきだ。ヤツは最初にパトリッキーを殴った。それから俺に向かってきたんだ。そして、俺もヤツに向かっていき、一発パンチをお見舞いしてやった。そこで俺たちは引き離された。”
Will Brooks is a liar. He hit Patricky first and came at me, I went after him too and my first punch landed. We were separated.
— Patricio Pitbull (@PatricioPitbull) November 4, 2015
さらにパトリシオは投稿を続ける
“それから、またアイツが向かってきやがったから、俺はアイツをノックダウンした。ヤツを俺をテイクダウンしようとしたが、そこでまた引き離されたんだ”
実はピットブル兄弟とブルックスは同年8月からSNSで激しいトラッシュトークを交わしており、パトリシオに“誰がメインカードで、誰が前座なのかよく考えろ” と言われ、逆上したブルックスが “今度会った時にはお前を黙らせてやる。本気でやってやるぞ” とパトリシオを脅している。
この時のブルックスのツイートを引用し、パトリシオは
“彼は男らしく約束を守り、この結果に直面した。そして今は真実を語っているように装っている”
He was a man of his word and faced the consequences. Now act like a man and tell the truth. pic.twitter.com/duGEbX9jRK
— Patricio Pitbull (@PatricioPitbull) November 4, 2015
と返り討ちに遭ったブルックスを皮肉った。
話を試合に戻すが、パトリシオとストラウス、3度目の対戦は、ストラウスが長身と長いリーチを活かしパトリシオを圧倒。2Rにパトリシオは強烈な左を喰らってダウンし、3、4Rもスピードとリーチ差で試合をリードされ続けた。パトリシオの頭蓋にパンチを当てすぎたストラウスが拳を痛め、5Rは他のラウンドに比べ手が出なくなっていたが、5R以外でストラウスにペースを握られ、0-3でパトリシオは敗北、2回の防衛で王座から陥落となった。
大きな目標と挫折
次戦ではヘンリー・コラレスを2R後半にギロチンチョークで仕留め、危なげなく勝ち星を上げたが、その後パトリシオは更なる大きな目標に向けて動き出した。
その目標とは、ベラトールで史上3人目となる、2階級制覇を達成する事。2016年8月、パトリシオは階級を一つ上げ、ライト級を主戦場にする事を決断する。そのライト級デビューの相手には、いきなりのビッグネームが名乗りを挙げた。
世界最高峰の格闘技団体、UFCのライト級元王者、ベンソン・ヘンダーソンである。ヘンダーソンはブラジリアン柔術、テコンドー、レスリングと多彩なバックボーンを持ち、一本でのフィニッシュ力高く、ネイト・ディアスや、フランク・エドガーなどの強豪を破り、UFC王者となり防衛も果たした実力者だ。階級を上げていきなりのこのビッグネームに、パトリシオの苦戦を予想する声も多かった。
8月26日に行われた試合は、あっけなく終わってしまった。それほど大きな動きも無く突入した2R、ケージの端で激しいラッシュをヘンダーソンに畳みかけた直後、「待ってくれ」とパトリシオが手を上げ試合を中断。なんと右足の負傷でまさかのドクターストップ。パトリシオのTKO負けとなってしまった。
1Rで何発か放っていたローかミドルキックの当たり所が悪かったのか、診断結果は右足の腓骨骨折。2階級制覇の踏み台となるはずだったこの試合だが、見事に踏み外して大怪我をする羽目になった。
vs. ストラウス最終章
一旦ライト級から撤退し、フェザー級に主戦場を戻したパトリシオ。怪我の回復を待ち、フェザー級のベルト奪還に向けて動きだす。2015年11月、パトリシオがダニエル・ストラウスに敗れてベルトを奪われた日以来、タイトル防衛戦は行われず、フェザー級のベルトは依然ストラウスが持っていた。パトリシオはこのストラウスに4度目の対戦に挑む。これまでに3戦して2勝しているパトリシオ。この勝負に勝つことは、このライバル関係の完全件決着を意味している。その重要な試合を前にパトリシオは
「俺は世界一になるために試合に出ているんだ。彼と戦うときはいつも絶対的な戦争になる。しかし、俺は2勝しているので、この試合の後、このライバル関係は終わる。一撃必殺で彼の額に弾丸を撃ち込み、地面に横たわらせるつもりだ」
と強気に発言。
さらに、エナジードリンクのモンスターを新たなスポンサーに迎え、さらに大きくなっていくであろうベラトールの今後について、
「ベラトールは、メジャーな団体の一つとして認知されるためにスタートしたんだ。俺は当初から居たファイターの一人で、グランプリを獲得した最初のファイターだ。グランプリ・トーナメントがあった頃、俺は3つのグランプリ・ファイナルに出場した。ベラトールと共に苦しみ、ベラトールと共に成長し、今こそ我々の労働の成果を得てベラトールと祝う時だ!」とベラトールへの真っ直ぐで熱い想いも明かした。
2017年4月21日、6年間戦い続けたライバル同士の最後の戦いが始まる。
1Rが始まってすぐにパトリシオが飛び込みながらのフックを放つ。その後はやや落ち着いた流れの中で、互いの空気を読みつつ、パトリシオは飛距離の長いフック、ストラウスは長くしなやかな脚でのハイキックやローで試合のペースを掴もうとする。
2Rで試合は急展開を見せた。距離を詰めて組みにいったパトリシオに対し、逆にタックルを仕掛けるストラウス。パトリシオはこのタックルに素早く反応し、ストラウスの首に腕を回す。そして金網を背にしたところで、その金網を利用して身体を浮かせ、ストラウスを両脚で挟みこみ、ギロチンチョークへ。完全に決まったチョークにストラウスはひとたまりもなく、即座にタップ。
ついにパトリシオは6年間続いたライバル関係に終止符を打ち、そして2年前に奪われた王座を、最高の形で奪い返すことに成功した。
「息子の為にベルトを再び手に入れるという夢がかなった。これは息子への贈り物なんだ」
と試合後に語るパトリシオ。そして
「彼が誇りに思える様な父になりたいんだ。そしてこのタイトルをブラジルに再びもたらすために沢山の事を乗り越えて来たって事を知って欲しい」と、彼の力の原動力となった息子への想いを語った。
とても美しい勝利と、マイクパフォーマンスだったが、実は試合終了直後、パトリシオは喜びのあまりフェンスに飛び乗って観客にアピールしてしまい、これがベラトールのルールに違反したとして2500ドルの罰金を命じられている。パトリシオのそんなエモーショナルな所が人間らしくていいというファンも多い。
二階級制覇、そして兄の仇討ちへ
2018年に2戦続けて防衛に成功し、いよいよフェザー級の王者の地位を盤石にしたパトリシオは、再び二階級制覇に向けてライト級タイトルに照準を合わせる。というか、実を言うと二階級制覇はあくまで副賞という扱いであった。
というのも、当時のライト級チャンピオン、マイケル・チャンドラーは過去に二度、ライト級トーナメント決勝と、ライト級王座決定戦という、非常に重要な局面で兄・パトリッキーを破っている。また、それだけではなく、2016年にチャンドラーが、兄・パトリッキーをワンパンチで粉砕した際には、フェンスによじ登り、意識を失い横たわる弟に向かって暴言を吐いたと、パトリシオは主張している。
パトリシオは
「彼は一線を超えてしまった」
と語り、
「パトリッキーを倒したからじゃない、二度目に彼を倒したあと、僕の家族を罵倒したからだ。彼は償わなければならない」と怒りを露わにして語った。
チャンドラーを叩きのめすためにパトリシオはこれまでにないハードトレーニングを積んできたという。さらに
「今回はベルトのことも、自分の誇りも、ベラトールで最も偉大な選手としての自分の地位を固めることも考えていない。俺のターゲットはマイケル・チャンドラー。それだけなんだ。彼を倒すことだけしか考えていないよ」とも語っており、まさにこれは因縁をはらすための決闘マッチである事を示した。
また、パトリシオはSNS上で、“チャンドラーはドーピングしている”と非難し、“だから彼はUFCに入らないんだ” (UFCはドーピング検査が厳しいため)と持論を展開した。これに対してチャンドラーは、ドーピングの疑惑を完全に否定し、
「私は平静を保つようにしている。彼は決してフレンドリーではない。彼はいつも私を……そう、まず私がベラトールに入ってから2年か1年の間に彼の兄を倒したことを気にしているんだ。そして、その2年後にまた彼を倒したから、彼は常に私に敵意を抱いているんだよ。だが、ヤツを黙らせる準備はもうできているよ」と、パトリシオの暴言をほぼスルーし、冷静に語った。
因縁と憎悪が渦巻く中、2019年4月11日、試合は行われた。
両者相手の出方を伺う落ち着いた立ち上がりに見えたが、パトリシオは一撃でチャンドラーを仕留めるチャンスをここで既に狙っていた。完全にカウンターを狙っているパトリシオに対し、チャンドラーは大振りの左フックを出す。これに合わせ、パトリシオの右のヘビーショットが炸裂。よろめいてキャンバスに倒れるチャンドラーに、激しいパウンドを浴びせる中でチャンドラーは起き上がろうとしたが、ここで試合はストップ。しかし、まだ殴り足りなかったか、間に入ったレフェリーの隙間からさらにもう一発チャンドラーの後頭部にパンチを叩きつける。
試合後、パトリシオは「みんなアイツが眠りにつくのを見ただろ。俺は自分のすべきことをした。自分の仕事をしたんだ。そう、彼は眠っていたんだ。今、俺がチャンピオンになったんだ!!! マネージャーと相談して、(両者の防衛戦について)検討するつもりだ。レッツゴー!!」と高ぶる気持ちを抑えきれずに絶叫した。
だが、この判定に対し、「ストップが早すぎたのでは?」と格闘ファンや各メディアから疑問が呈された。一方、チャンドラー本人は
「オーバーハンドフックだった、覚えているよ。私は冷静だった。でも、これは我々が選んだスポーツだ。この試合は早すぎると思われるかもしれないが、彼は僕を倒したんだ」と冷静に結果を受け止めた。
やや煮え切らない試合結果に各方面からリマッチを望む声が聞かれたが、チャンドラーはその後2戦2勝し、UFCに移籍してしまった。パトリシオとの場外乱闘にうんざりしてしまったのかもしれない。
ワールドグランプリへ
チャンドラーと直接対決が叶わない分、パトリシオは結果で自分の強さを証明しなければならない。
パトリシオは同年9月、新たに創設されたベラトール世界フェザー級ワールドグランプリに出場。16名のファイターが出場し、優勝までに年を跨いで4連勝しなければならないという、とてつもなく長く過酷なトーナメントだ。このトーナメントで優勝出来たら、誰もパトリシオの実力を疑う事はないだろう。だが、この大イベントは大きなリスクも伴う。実はトーナメントの一戦一戦が、チャンピオンにとっては防衛戦扱いとなり、一度でも負けたら、トーナメント敗退だけではなく、王座からも陥落してしまうのだ。
過酷な条件の中、パトリシオは初戦から強敵、フアン・アーチュレッタと拳を交える。彼はベラトールに参戦してから1年半程ではあるが、ここ4年間無敗、18連勝を誇り、後にベラトールバンタム級王者となる男だ。
だが好調の波に乗るアーチュレッタを相手に、パトリシオは横綱相撲を見せる。スタンディングでの打ち合いで明らかに優勢に立ち、アーチュレッタのテイクダウンをことごとく完封。ほぼ全てのラウンドでパトリシオがポイントを取り、最大5ポイントの大差を付けて3-0の判定で圧勝。
次戦の準々決勝は1Rわずか2分、左フック一発で試合を決め、さらに準決勝では1Rでギロチンチョークによる一本勝ちを収め、王者の貫禄をまざまざと見せつけながら決勝に駒を進めた。
最強のニュースターと激突
2021年7月に行われたこの大イベントのファイナルで、パトリシオは今最もベラトールで勢いのある男、AJ・マッキーを迎える。マッキーは17歳から父の指導の下、総合格闘技に打ち込み、2015年にベラトールに参戦してからは、無敗の17連勝。しかも6KO7一本と、フィニッシュ率も非常に高い。今思うと、この男が何故これまでタイトルショットが出来なかったのか不思議な程だ。
事実、なかなか上位選手とのカードが組まれない事にマッキーは何度も不満を漏らし、パトリシオにも牙を向け、舌戦を繰り広げて来た。
試合前会見では、ピットブルが会見に同席したマッキーの父親を挑発する発言をした事で一触即発の空気となる。マッキーは
「お前が父の前で俺のケツを叩いてやると言ったのを覚えているか? お前の女房や子供の前でお前のケツを叩いてやる。どうだい?」
と応酬。
この言葉にピットブルがヒートアップ。
「今からでもやってやるぜ」
と言いながら勢いよく立ち上がると会場は一気に緊張に包まれる。
互いに暴言を言い合いながらも、周囲に制止され、一旦距離を取った両者だが、マッキーがパトリシオのベルトを手に取り
「もうわかってるはずだ。このベルトは俺が持って帰るんだよ、ベイビー」と更に挑発。
ピットブルはこの言動にブチギレ! テーブルを強く叩いてマッキーに掴みかかろうとする。
間にSPが入り、場外乱闘は免れたが、最後まで両者は罵り合い、緊迫したムードのまま会見を終えた。
年を跨いだ過酷なトーナメントの決勝にタイトル防衛戦が重なり、さらに優勝賞金100万ドルに加えてこの2人の強い因縁といういくつもの要因が重なり、この試合はベラトール史上でも最も多くの格闘技ファンの注目を集めた。
2021年7月31日、UFC顔負けの超満員の会場の中で注目の一戦が幕を開ける。
打撃もグラウンド技術も高いマッキーを警戒し、様子を見ながら単発の攻撃を出していくパトリシオ。だがマッキーは初めからエンジンをトップギアに入れていた。サウスポーに構えたマッキーは、フェイントのパンチを見せてから、風を切るような左ハイが「バチン!」という大きな音を立ててパトリシオの横面にヒット。よろめくパトリシオに左右のフックでラッシュを仕掛け、キャンバスに倒れこんだところで一瞬勝利のポーズを見せるが、まだ試合が終わってない事に気づくと、パトリシオの首を取り、ギロチンチョークの体制に。パトリシオは意識が朦朧としていたのか、目だった抵抗もせずあっさりと首を取られて、なす術もなく腕をだらりと下げたのを見てレフェリーが試合をストップ。
今までベラトールの裏街道をひたすら走り続けていた伏兵が、この大イベントで、フェザー級王座と、グランプリ優勝、さらには100万ドルとピットブルの誇りまで、たった一夜で全てを奪い去る大勝利を挙げた。
マッキーは試合後、パトリシオの持っている、ライト級のベルトも獲りに行くと宣言。どうやらパトリシオから全てを奪うつもりらしい。一方のパトリシオは、人生初めての負傷以外でのフィニッシュ負け、そして一夜にして多くのモノを奪われて憔悴しきっている。
後日のインタビューでは
「俺は意識を失っていたとは思えない。この目で全てを見ていたし何が起こっているか分かっていたんだ。クソ、意志を失っていたのか!?どうやってそれを知ればいい?」
「レフェリーから見たアングルはテレビのアングルと同じだった。俺のもう片方の腕が動いているのが見えていなかったんだ。確かに俺はギロチンで負けたのだが、タップもしていないし、意識も失ってなかった。でも、どうなんだろうね。負け惜しみは言いたくないが、モヤモヤするよ。どう説明したらいいのか…」
と、なかなかこの敗北が受け入れられない。
だがその後、パトリシオが返上したライト級の王座をめぐるタイトルショットで、兄パトリッキーが勝利し、王者となった事に勇気づけられたか、時が経つにつれてパトリシオの心にも再び煮えたぎる闘志が戻ってくる。
負けられないリベンジへ
2022年の4月にマッキーとの再戦が決まると、インタビューの中でUFC会長ディナ・ホワイトに向けて、UFCとベラトール王者の対戦を要求し、面白そうな相手が居れば他の階級で試合をする事も視野に入れる等、試合への強い意欲を見せた。
一方マッキーはパトリシオがライト級王座を返上した事に対して、「自分との対戦から逃げたのでは?」と不快感を示し、記者会見ではパトリシオに向かって「俺はお前の兄を倒し、お前をもう一度倒す」と宣言。
兄のパトリッキーが「お前は夢を見ているだけだ」と発言すると、
「実際にそうなるんだよ、兄弟。それは避けられない事なんだ。“ピットブル ”の歴史を破壊してやる。A.J. “マーセナリー”マッキーがお前達を終わらせるんだ」と攻撃的な姿勢を緩めなかった。
また、これにはパトリシオにも言い分があった。ライト級王者を返上する前に、“オールオアナッシング”ルール(勝った方がライト級のベルトもフェザー級のベルトも獲得するというルール)での試合を提案したが、マッキー側がその申し出を断ったというのだ。
「俺はヤツにベルトを手に入れるチャンスをやったんだ。二階級制覇の王者になれるチャンスをな。だがヤツは俺を無視しやがった。ふざけるなよ。アイツに文句を言う資格など無い」
とパトリシオはインタビューで答えている。
記者会見ではそれほど攻撃的ではなかったパトリシオ。だが
「ベルトを失った時、ブラジルに戻った初日からトレーニングを再開した。34歳という年齢で、狂ったようにトレーニングしていたわけではないが、これまでの戦略は窓から放り投げた。今はこの新しい戦略のために、もっとスマートに試合を進められるようにトレーニングしてきたんだ」とマッキーのリベンジの為に全てを捨てて一からトレーニングして来たことを明かした。
2022年4月15日、未だ無敗のチャンピオンAJ・マッキーにピットブルがリベンジを懸けて戦いを挑む。
1Rは慎重に互いの間合いを読みながら、パトリシオはローキックを中心に試合を組み立て、マッキーはヘッドキックを狙っていく。試合は拮抗したまま2Rへ。
2Rも序盤は拮抗していたが、後半からパトリシオの強烈なボディやカウンターフックが決まり始める。単発ではあるものの、一発一発がヘビーなパトリシオの攻撃に、マッキーの息が上がり始める。
3R、パトリシオがフェイントをかけながらマッキーを揺さぶり、テイクダウン。ギロチンの体制に入り、マッキーを追い詰める。一気に試合を極めようと腕に渾身の力を込めるパトリシオ。多くの観衆が試合のフィニッシュを予感したが、マッキーは必死にもがいて何とかピンチを脱出した。だがこのラウンドもパトリシオ優勢の印象が強い。
このままパトリシオの流れが続くかと思われたが、マッキーが4Rで息を吹き返し、激しい打撃でパトリシオを圧倒。ラウンド終了時にはコーチでもあるマッキーの父が、「このラウンドはお前が上だ」と伝える。
最終R、ギロチンチョークでの体力消耗が激しかったか、パトリシオは前半の様なアグレッシブな攻撃に出る力は残っていないようだ。このラウンドの初めと終わりにマッキーからのテイクダウンを許し、試合は終了。
後半マッキーが巻き返しにかかっては来たが、前半のパトリシオの攻勢が評価され、3-0でパトリシオがベラトールフェザー級タイトルの奪還とリベンジに成功した。
試合後にマイクを取ると、
「最初の対戦の時は、俺は平常心で試合に臨んだ。今日、俺は戦争をしに来た。ブラジルにベルトを持ち帰るためにな」
と語り、
「マッキーはタフガイで素晴らしい選手だ。厳しい試合だったよ。でも俺は試合に勝つための作戦を用意していたんだ」と最後にはマッキーの強さも認め、リスペクトを表した。
乗り越えるべき試練
マッキーに敗れて以来、一からMMAを学び直し、戦術もしっかり取り入れたパトリシオだったが、2022年10月1日、アダム・ボリッジを迎えた防衛戦ではそれが裏目に出る。
戦術にこだわりすぎたために、アグレッシブなファイトをウリにしていた“ピットブル” らしさが影をひそめ、3-0の判定で勝利はしたものの、その王者らしからぬ試合内容に、観客からはブーイングが起こる。それに対しパトリシオは「クソったれどもが!!」と悪態をつき、更なる批判を浴びた。
このパトリシオの失態にマッキーは嬉々として便乗し
「最悪の試合だったよ兄弟。裏庭の喧嘩の様なものだった。」「お前は尊敬に値しない」とこっぴどくパトリシオを非難した。
ベラトールフェザー級の真のチャンピオンと認められるためには、兄のパトリッキーも含めまだまだ乗り越えるべき課題は多いようだ。
そんな“ピットブル”兄弟に早速大きな試練が迫っている。
パトリッキーは、あの“生ける伝説” と呼ばれるハビブ・ヌルマゴメドフの従兄弟、ウスマン・ヌルマゴメドフとの対戦が、2022年11月に待っている。無敗でチャンピオンになり、引退したハビブ同様、ウスマンも現在無敗で爆進し、タイトルショットまで辿り着いた。これまでのキャリア最強の相手にパトリッキーはどう戦うのか。
さらにパトリシオは同年12月31日、なんと日本の、RIZINのリングで、あのクレベル・コイケとの対戦が決まっているのだ。恐らくパトリシオのキャリアの中でも最もハイレベルな柔術テクニックを持っている相手だろう。さらにAJ・マッキーもホベルト・サトシ・ソウザを迎えてRIZINへの参戦が決まっている。まさにRIZINとベラトールの威信を懸けたイベントとなっている。
これからもまだまだパトリシオ “ピットブル” フレイレからは目が離せない。
パトリシオ “ピットブル” フレイレの知りたいトコ!
パトリシオの愛する家族
私生活を殆ど表に出したがらないパトリシオだが、結婚して子どもが2人いるという事は分かっている。
パトリシオより背が高い美しい妻と、息子との写真がアップされている。
試合に勝利した際は必ずケージに息子を招き入れ、息子は幾度の父の晴れ姿を目撃している。そのせいか幼き息子にも既に闘志が宿っているようで、インスタグラムにアップした息子の表情は、すでに一人前のファイターのように見える。いつか “ピットブルJr” 格闘技界に伝説を作る日がやってくるかもしれない。
5歳の頃から続く“悪夢”
パトリッキーの記事でも書いたが、パトリシオが5歳の頃、自宅に盗賊が押し入るという事件があった。その山賊を母はなんと銃で打ち殺し、パトリシオは家の裏側で脳を打ちぬかれた盗賊の死体をその目で見てしまったというのだ。
「この事を思い出すと、今でも一人では眠れなくなるんだ。でも、生き物に対する恐怖心は無くなったよ」
とパトリシオは語る。そう、彼にとって戦う事は寝る事よりも簡単な事なのだ。この経験がパトリシオの戦いの上での強靭なメンタルを裏付けているようだ。
まとめ
ここまでパトリシオ“ピットブル” フレイレのストーリーを見てきたがいかがだっただろうか?
10歳の頃、兄弟喧嘩の延長線上で始めた格闘技だったが、兄のパトリッキーと切磋琢磨する中でメキメキと上達しプロデビュー。ローカルの団体での試合を圧倒的な強さで連戦連勝。その後ベラトールに参戦し、翌年にはトーナメントで優勝するなど、破竹の勢いで勝ち続けていく。フェザー級のタイトルをかけて、ダニエル・ストラウスと激戦を繰り広げ、AJ・マッキーとの舌戦、そして激闘を経てフェザー級王者に君臨している。その間にライト級王者、マイケル・チャンドラーも破り、ベラトールで史上3人目の2階級制覇、そしてベラトール最多勝利記録の更新も成し遂げている。
現在兄のパトリッキーと共に、それぞれの階級で王者となり、ベラトールの顔と言える“ピットブル” 兄弟。今後パトリッキーがウスマンを破り、パトリシオがRIZINでクレベルを破る事が出来れば、ピットブル兄弟とベラトールの名は、さらに格闘技界に轟く事になるだろう。
そうなれば、さすがのディナ・ホワイトもその重い腰を上げ、UFC vs ベラトールのクロスプロモーションが実現するかもしれない。
ピットブル兄弟は、格闘技ファンの、そしてベラトールからの大きな期待を背負い、その重圧を跳ね返してさらに格闘技界を熱くしてくれるのか。今後の彼らの動きは注目に値するだろう。
そんなパトリシオ・フレイレとピットブル兄弟をこれからもみなさんと一緒に応援していきたい。
※アイキャッチはRIZINの公式HPより引用