チェチェン共和国からやって来た”Borz”(ロシア語で狼の意)カムザット・チマエフは、デビュー以来無傷の12連勝で、UFCミドル級、ウェルター級の台風の目となっている。
狼以外にも、獣、悪党等、彼を形容する時、人々はこのようなマイナスのイメージを持つ言葉を使う事が多い。確かにリング外でも彼の暴れっぷりは凄まじく、それを嫌い、批判する者も多い。
しかし、レスリングのバックボーンに裏付けされた、確かなグラウンドテクニック、1ミリの躊躇もなく相手を破壊しに行く凶悪な打撃、そしてどんな相手にもグイグイ前に出てフィニッシュを狙う鋼のメンタルを持つ、チマエフのファイトの虜になってしまったファンもそれ以上に多いはずだ。
また、チマエフの母への深い愛情や、対戦相手をリスペクトする姿を見ると、実はチマエフは情に厚く、心優しい男なのでは無いかと期待してしまうファンも少なくない。
常に周囲をハラハラさせ、オクタゴンの内外で我々にスリルを与えてくれるチマエフは一体どんな格闘人生を送ってきたのだろうか。今回は”Borz” カムザット・チマエフを丸裸にしていこう。
カムザット・チマエフのプロフィール
名前 : カムザット・チマエフ
生年月日 : 1994年5月1日
出身地 : チェチェン共和国
身長 : 188cm
体重 : 77kg
戦績 : 12勝無敗(6KO 5SUB)
階級 : ミドル級、ウェルター級
所属 : オールスターズ・トレーニングセンター
獲得タイトル : ー
入場曲 : Smesh Bros「Feel the Borz energy」
バックボーン : レスリング
公式 HP : ー
Twitter : @KChimaev
Instagram : khamzat_chimaev
Youtube ー
アパレル ー
ファンクラブ ー
今年28歳になり、飛ぶ鳥落とす勢いのカムザット・チマエフ。一体彼はどうやってここまで強くなったのだろうか。ここからは彼のデビュー前からの格闘人生を見ていこう。
レスラーから格闘家へ
チマエフは1994年5月1日、チェチェン共和国ナデレチュニー地区グヴァルデイスコエ村に生まれる。
幼少期から青年期を故郷で過ごし、学生時代はレスリングを学び、地元の大会に出場していた。
19歳の時、難民として家族とともにスウェーデンに渡り、フリースタイルレスリングの練習を始める。
ちなみにチマエフは2歳の時に家の階段から転落し、唇を裂傷、鼻を骨折、乳歯を数本失う不幸に見舞われた。現在もチマエフはその事故の後遺症で唇に裂傷、右の鼻腔には障害があり、今でも右の鼻腔からは呼吸ができないという。
スウェーデン国内最高のフリースタイルレスラーの一人とされるチマエフは、2016年と2017年のスウェーデンフリースタイル全国選手権で86Kg級で金メダル、2018年には92Kg級でも金メダルを獲得している。チマエフはトーナメントで圧倒的なパフォーマンスを連発し、3つのピン、7つのテクニカルフォールを含む12-0の総合成績を記録している。
MMAとの出会い
その後、総合格闘技に興味を持ち、オールスターズ・ジム・スウェーデンでトレーニングを開始。ここで後にUFCでも活躍するアレクサンダー・グスタフソン選手と出会う。プロとして競技を始める前は、カルマルの養鶏場で働いたり、警備員として働いたりしていた。
チマエフがMMAのトレーニングを始めるきっかけとなったのは、仕事中の夜、15分の休憩をとってジョゼ・アルド対コナー・マクレガーのメインイベントを観戦したことだと彼は言う。
「私は仕事の休憩中に彼(マクレガー)の試合を見ていた。彼がアルドと戦うのを見ていたんだ。私はいつも、あの選手たちが何百万ドルも稼いでいるのに、なぜ私にはそれができないんだろうと考えていた。私はファイターであり、戦士であり、私は他の人とは違うんだと思いました。何らかの手段でそれを証明する必要がありました」
2017年9月から2018年4月にかけて、チマエフは3つのアマチュアMMAの試合を経験する。そのうちの1試合は後のIMMAF世界王者キャレド・ラーラムと対戦し、2ラウンドにフロントチョークで勝利。 その後のアマチュア2試合をギロチン・チョークとパンチの連打で勝利し、3-0の成績でアマチュアとしてのキャリアを終える。
鮮烈なMMAプロデビュー
チマエフがプロに転向したのは2018年5月26日、International Ring Fight Arena 14で、ガード・オルベ・セイゲンを迎えてのデビュー戦である。この試合では2RにパウンドでのTKOで勝利。
次戦は2018年8月18日に行われたファイトクラブラッシュ3でのオレ・マグナー戦。1ラウンド終盤、バックチョークで1本を取って勝利した。
スウェーデンで最初のプロ2試合を経験したチマエフは、中東の団体Brave Combat Federationと契約した。この頃からチマエフのレスリング技術は際立っており、いつも練習パートナーを務めるアレクサンダー・グスタフソンに「ここまで熟練した技を持つ若手とトレーニングした事が無い」と言わしめるほどだった。
その言葉に偽りなく、2018年11月16日のBrave CF 18で、当時無敗の有望株、マルコ・キシチ を相手にチマエフは1Rから試合を支配し、パウンドの連打によってあっさりとTKOで勝利を収めている。
その攻撃的で獰猛なファイトスタイルから”Borz” (ロシア語で狼の意)と呼ばれるようになる。
さらに次戦ではBraveの試合でシドニー・ウィーラーを1R35秒に強烈なパウンドで秒殺し、次戦ではデビュー8連勝でチマエフと同じく注目される若手ファイター、イクラム・アリスケロフと拳を交える。
アリスケロフは打撃、サブミッションとどちらでも極める力を持つグラウンドファイターで、同じくオールラウンダーである無敗のチマエフとの一戦は大きな注目を浴びた。
試合では、1R前半にチマエフの鋭い左ジャブが決まり、アリスケロフは一時ダウン。さらに組みついてアリスケロフをケージに押し付け、プレッシャーをかけ続けるチマエフ。一旦離れると、チマエフは会場に「バチン!」と響き渡るほどの強烈な右ローを放ち会場を沸かせる。
そしてアリスケロフの左ストレートを交わして距離を詰めてからの、アッパーカットでアリスケロフの意識を吹き飛ばす。完全に伸びてマットに大の字に転がる無防備なアリスケロフに、ダメ押しの全体中を乗せた一撃!
アリスケロフの顔面は赤く潰れ、会場には悲鳴にも似た歓声が響き渡った。
次戦では、ムズワンディーレ・フロンワを完全失神するまで締め続け、一本で勝利。
ここまで全勝、そして試合をフィニッシュしてきた超新星チマエフに、ついに総合格闘家として世界最高の舞台、UFCから声がかかる。
世界最高峰、UFCでの戦い
ベテランを圧倒
2020年7月15日のUFC Fight Islandでジョン・フィリップスの対戦相手が欠場となり、急遽試合間近になって、チマエフに声がかかった。快進撃を続けていたとは言え、中東のローカルリングから、突然の世界最高峰のリングへの挑戦。さすがのチマエフも試合前日は興奮して全く眠れなかったと言う。
対戦相手のフィリップスはベテラン選手で、これまでの22勝中なんと20試合がKOという、筋金入りのパワーファイターだ。
だがそんな強敵相手にも、公開計量で顔を合わせると、不敵な笑みを浮かべて、まるで獲物を品定めするような目でフィリップスを見つめる。
そしてやって来た試合当日。
試合が始まると、チマエフはハナから打撃での勝負を避ける作戦か、鋭いタックルを仕掛けてフィリップスをテイクダウン。
ガードポジションの上からパウンドでフィリップスを攻め立てる。
フィリップスの顔面が早くも赤く染まり始める。体勢を変えようともがくフィリップスだが、一流のレスリング力をもつチマエフにとっては隙を与える行為に過ぎず、チマエフはより良いポジションを取って更に強烈なパウンドを何発も執拗に叩きつける。フィリップスの顔面はすでに真っ赤に染まっている。
ラウンド後半になると、フィリップスはもうなす術を失い、ひたすら頭を抱えて守るばかりで、チマエフの猛攻に怯えているようにさえ見える。この体勢のまま2Rへ。
2Rが始まると、すぐにチマエフがテイクダウンを取りに行く。既にその闘志も消えかけたフィリップスを悠々とコントロールしていくその姿は、まさに草食動物を捕らえた狼のようだ。ひたすら身を守ろうとするフィリップスの首を取って締め上げると間もなくフィリップスがタップ。これまで幾多のファイターをマットに沈めて来たハードヒッターに、何もさせない圧倒的な勝利で、チマエフはUFCデビューを飾った。
試合後のインタビューでは「最高の気分だよ。ありがとう。あっという間だった。もっとこのリングに上がって、誰でもいいから粉砕したい」と笑顔で恐ろしい事を語り、
「フィリップスはUFC選手だ。UFCにいる以上、タフなのは間違いなかった。俺は彼を疲れさせなければならなかった、そして俺は彼から一本取る事が出来た」と今回の作戦を解説した。
その圧倒的な戦い方には、UFCライト級の絶対王者ハビブ・ヌルマゴメドフと比較され「ハビブ 2.0」と彼を呼ぶ声さえも出て来た。
オクタゴンの内外で狼が大暴れ
チマエフは”Borz” の名に相応しく、オクタゴンの外でも狂暴だ。レストランで年配の男性を殴ったとされるマイク・ペリーに対して、「マイク・ペリー?ただのバカだろ」「年寄りを殴ったりしない。それは俺たちのやることじゃない。戦いたいんだろ?俺と戦え。見せてやるよ」と吠えたてた。
更に印象的な逸話がある。話は2018年に遡る。コナーマクレガーがハビブ・ヌルマゴメドフへ侮辱的な発言に激高し、ヌルマゴメドフとの試合のためにアイルランドに渡航していたマクレガーをぶちのめそうと、チマエフもアイルランドに上陸。
チマエフは待ち伏せし、空港に降り立つマクレガーに襲いかかる直前に警備の者に止められ、更に空港の外で特殊部隊に取り押さえられ、投獄され8時間の拘束を受けたという。
そして血に飢えた狼はフィリップスとの試合のたった10日後に、再びオクタゴンに登場する。
フィリップスに続いて打撃の得意なリース・マッキーをグラウンドに引き込み、パウンドでプレッシャーをかけ続け、1RでTKO勝利。
この常識を越えた2連勝に多くの格闘ファンが熱狂し、UFCの会長、ダナ・ホワイトさえも
「カムザット・チマエフが世界最高のファイターになる可能性があると信じている」と語った。
チマエフは試合後に
「俺は1時間後には戦うことができる、誰かが負傷したら教えてくれ。俺はここアブダビで、みんなを打ちのめす。この階級で何人のファイターがいるのか?俺はこの階級を全部ぶっ潰す。今日も戦いたい。 何て言うか… 俺と練習した奴なら分かるはずだ。 チャンピオンが85ポンドでも70ポンドでも ぶっ潰すよ」と、UFC全選手を敵に回す発言をした。
だが、練習仲間のアレクサンダー・グスタフソンだけは別格なようで、同日行われるグスタフソンの試合に関して
「私たちはいつも一緒に練習している。アレックスはこのスポーツのレジェンドの一人だ。彼は1ラウンドでノックアウトすると思う。そのために俺たちは必死にがんばっている。簡単な仕事、簡単な金稼ぎだ」
と仲間に対しては熱い信頼を寄せる部分も見せている。
ちなみにグスタフソンはこの日、1Rに腕ひしぎ十字で一本を取られ敗れている。
次戦、ジェラルド・マーシャートとの戦いは、ゴングの前からヒートアップする。
チマエフはマーシャートが自分を侮辱していると感じたらしく、度々彼を挑発した。
UFC Vegas 11のメディアデーで、チマエフは「アイツに会った時、メディアでしゃべりすぎだと言ってやった。アイツは俺を軽蔑している、だからお前の顔を潰してやると言ってやった。チキン野郎は何も言えず黙っていたよ」
しかしマーシャートの見方は違うようだ、「今日、廊下ですれ違ったんだけど、彼は僕に悪口を言おうとしたんだと思う。彼はただ僕に、『喋りすぎるんじゃねえ』と言い続け、僕は『OK、僕らは土曜日に戦うんだ、今は何もするつもりはない』と言った。僕はお金を稼ぎたいからね」
と、クールに語った。
試合は本当に一瞬だった。
様子を見合っているような落ち着いた雰囲気から、わずか10秒程過ぎた所で、ノーモーションのチマエフの高速の右フックが一閃! 稲妻のようなフックに顎を打ちぬかれたマーシャートは、マットに崩れ落ち、すでに意識のないマーシャートに追い打ちをかけようとするチマエフを制止して、試合はストップ。チマエフの電撃の秒殺KO勝利となった。
容赦の無いチマエフは「アイツを殺せ!」と吠え、
ハビブ・ヌルマゴメドフと比べられることについては
「みんなは俺を『第二のハビブだ』とか言っている。でも、俺はカムザットだ。俺は誰でもKOできるし、失神させることもできるし、叩き潰すこともできる。俺はすべてを持っているんだ」
と豪語した。
この衝撃KOシーンにネットも騒然。
「この男にすぐにでもタイトルショットを!」「カムザット・チマエフ、こいつは本物だ」など、チマエフに関するツイートが一気に量産された
チマエフを襲う”最凶の敵”
次戦では周囲の声にも押され、いよいよUFCトップレベルのファイター、当時UFC4年間無敗で8連勝を記録していた、ウェルター級タイトル有力候補、レオン・エドワーズとの対戦が決まった。
実は一度レオンはチマエフとの試合を断ったとして、UFCのランキングから外されたのだが、その翌日に対戦を発表し、ランキングに戻されたという経緯がある。それだけチマエフの名はファイター達に恐れられていたのだろう。
だが、チマエフの前に、エドワーズ以上の、これまでにない強敵が現れる。
その名は、今や知らないものはいないだろう、新型コロナ・ウィルスである。2020年11月29日に、チマエフの感染が発表され、試合は翌年1月20日に延期されるが、コロナウィルスによる合併症が長引き、さらに延期が繰り返され、試合は中止となってしまった。
これまで全ての試合を全て2R以内で終わらせてきたチマエフが、コロナと3ヵ月以上に渡り戦い続け、ついに2021年3月、疲れ果てたチマエフが自身のインスタグラムに、総合格闘技からの引退を示唆する投稿をアップする。
From Khamzat Chimaev's Instagram (translation provided by the app): pic.twitter.com/Is1e8lkV6x
— Aaron Bronsteter (@aaronbronsteter) March 2, 2021
しかし、過去に「 チマエフは別次元だ 彼は本物だ」と太鼓判を押したUFC会長ダナ・ホワイトは焦って、すぐにこの引退発言を否定。治療の副作用によって感情的になっただけだとし、6月の試合復帰を示唆した。
チマエフの引退発言は国をも動かし、チェチェン共和国首長がわざわざチマエフに直接電話をかけ、引退を考え直すよう説得する程の騒ぎとなった。
狼の復活
ようやくコロナを克服し、チマエフがオクタゴンに再び戻ってきたのは2021年10月30日。実にマーシャートを衝撃のKOで倒した日から一年以上の月日が流れていた。
迎えるのは7年のUFC歴を持つリー・ジンリャン。経験豊富でKO、一本どちらでも極められるオールラウンダーだ。
試合前記者会見で、ジンリャンは通訳を介し
「我々は彼を知っている、彼はオオカミで私は’リーチ’だ、だから彼が私を(踏み台に)使いたいならそれはOKだ、しかし私は軟弱者ではないよ君が飢えているのは知っている、僕も同じだ、でも僕はそれ以上に渇いている、血を飲みたいんだ 」
と詩的な挑発の言葉を発すると、チマエフはマイクを取り
「思うんだけど、多分通訳は間違えてるぞ。アイツは『俺のことを食ってやる』って言ってるんだ」と、通訳の間違いを指摘。中国語も理解できることをアピールし、同時に取材陣の笑いも誘った。
そして「俺は本物のギャングスターだ」と、別の記者に言い放つ。「俺が見えるか??お前も食ってやろうか?バックステージで待ってろ、お前も食ってやるからな」と言って記者を困らせると「いや、冗談だよ」と言っておどけた。
冗談でもチマエフにこんな事を言われたら背筋が凍りそうだ。
この記者会見後にリーは「武術の前に美徳を学べ」と書いてインスタグラムに投稿している。
Khamzat Chimaev makes his highly-anticipated return against Li Jingliang at #UFC267 pic.twitter.com/EH59BhLBd2
— ESPN MMA (@espnmma) October 28, 2021
試合は一方的な展開となった。ゴングが鳴ると、チマエフがいつものように強烈なタックルでテイクダウンを取りに行く。リーは何とか踏ん張ろうとするが、チマエフがその怪力で無理やりリーの身体を持ち上げてバスターでテイクダウン。バックをとって執拗にパウンドを浴びせ続け、リーの闘志と体力を奪い、そしてバックチョークでフィニッシュ。チマエフの勝利へのフルコースで、リーが「狼に食われる」結果となった。
1年ぶりのオクタゴンと、KO勝利に興奮が頂点に達したチマエフは、ダナ・ホワイト会長に向かって「俺は誰とでも戦うんだ!!ブロック・レスナー(元UFCヘビー級チャンピオン)とも戦うんだ!!」とクレイジーな事を叫び続けたという。
そんなチマエフを見てホワイト会長は「あいつは特別なんだ。私はずっとこの世界にいるけど、こんなの見たことない」と言ったという。
UFCトップクラスとの死闘
そしてチマエフの元に、その名声を飛躍的に上げるチャンスがやってくる。
UFCの戦績も長く、敗れはしたが、ウェルター級タイトルショットにも挑戦した経験がある実力者、ギルバート・バーンズとの一戦が組まれたのだ。
元UFCウェルター級王座挑戦者のバーンズは、チマエフにとっては相当なステップアップの相手となる。
経験も実績もチマエフより豊富なバーンズだが、「非常にハードな展開になると見ている」とチマエフに警戒を見せ、
「特に序盤は彼は強いと思う。彼は少しは打ち合うが、グラウンドを狙うだろうし、レスリングをして、上からパウンドを落としてくるだろう。僕は戦争が起こると思っている。僕にとって簡単な試合にはならないと思う。だが彼にとっても簡単な試合ではない。試合終了後、僕の腕が上がっているのが見えるけど、戦争にはなると思う」
と厳しい展開になる事を予想した。
記者会見では
「約束するよ、俺はコイツは一分以内に粉砕する。このどチビを」
と、チマエフが挑発すると。
「これは彼の本当の性格じゃない。これはビジネスだよ。俺はこの茶番を今週土曜日に終わらせるから見ててくれ」と冷静に返すバーンズ。
これにイラついたのか
「こいつを殺す。こいつがマットでダウンしていようが関係なく俺はコイツの顔面を粉砕する。この男はブラジル人じゃない。ポルトガル語が喋れず、英語しか喋れないだろ」
と謎の言いがかりをつけ始めるチマエフに
「いや、そんなの関係ないだろ・・」とバーンズが言いかけると、突然雄たけびを上げながらチマエフがテーブルを拳で叩きつける。
バーンズが「おお~切れてるよ笑。土曜日に会おうぜバディ」とからかうと
「もう会う事はないだろう。バックステージに来いよ。ぶん殴ってやる」とブチギレモード。
2022年4月9日に行われたこの試合は、大方の予想を上回る激戦となった。
1R、いつものようにテイクダウンを狙いに行くチマエフ。しかし、バーンズもさすがはUFCのトップコンテンダー、簡単に上手く体重移動し、一旦グラウンドになってもすぐに立ち上がり、チマエフのペースにはさせない。立ち技に戻るとバーンズの鋭いカーフキックが甲高い音を立ててチマエフの左足に入る。
チマエフが初めて相手の打撃を嫌がる素振りを見せる。チマエフも負けじと左右のパンチで攻めるが、バーンズはその丸太の様な剛腕でカウンターを当てる。バーンズの強烈なパンチに警戒しながら、攻撃の糸口を探すチマエフ。
ラウンド後半、チマエフがノーモーションで出した、キレッキレの右ストレートが、全く反応できないバーンズの顎を貫き、バーンズはダウン。チマエフはまるでハリケーンのようなパウンドの連打を浴びせるが、これにバーンズは耐えスタンディングに戻ったところで1R終了。
2R、流れがチマエフに傾くかと思われたが、バーンズは執拗なローキックと、カウンターパンチでチマエフにじわじわとダメージを与えていく。
そしてチマエフが前に踏み込みながら出した右ストレートに、バーンズが合わせた強烈な右フックが脳を揺らし、チマエフはマットに膝をつく。
1Rのお返しと言わんばかりにバーンズが畳みかける。試合で2R1:15より長く戦ったことないチマエフにやや疲れが見え、バーンズのワンツーにも反応できずにもらい始める。
タックルに来たバーンズを抑え込み、ガードポジションで上になるが、下からの猛烈な反撃を受け、さらにバーンズに足で思いっきりボディに蹴りを入れられ、その凄まじい圧力にチマエフはケージの端近くまで吹き飛ばされる。
このハイレベルな激戦に大興奮の観客。ラウンド終了間際、左右のパンチで猛烈なラッシュに行くチマエフにバーンズは大振りの右カウンターフックを叩きつけ、さらにもう一発、渾身の右フックでチマエフをなぎ倒す。ここでゴングが鳴り、チマエフはそれでも攻撃を加えようとするがレフェリーに止められる。初めて試合でここまでのダメージを受け、やや動揺しているのだろうか。
試合前、バーンズの予想した通りの総力戦となり、最終ラウンドへ。チマエフの右ストレートが当たり、一瞬バーンズの動きが止まる。そこにチマエフは残る全てのエネルギーを投入して猛ラッシュ。それでも倒れないバーンズ。とんでもないタフな男だ。
気力だけで前に出て、拳を振る両者。もう作戦も何もない、グラウンドに持ち込む気も無い。ただ漢の意地をかけて、どっちが本当に強いのかを決めるために殴り合う。ラウンド終了間際、チマエフが隠し持っていた飛び膝を繰り出すと、面食らったバーンズが倒れ、さらに追撃にいこうという所でゴング。初めて自身と互角に3R渡りあったバーンズの技とスピリットに感動したのか、バーンズのおでこにキスをするチマエフ。
試合後、チマエフは
「なんていうタフな野郎だ。こんなにタフだとは思わなかった。彼はブラジリアン魂で前に出て来た。素晴らしい試合をありがとう、バーンズ。愛してるよ、兄弟、尊敬するよ。これはあくまでお金を稼ぐためにやっている事なんだ」
まさに試合前バーンズが言ったように、これがチマエフの本当の姿なのだろう。
注目を浴びるためにヒールを演じていたチマエフだが、最高の試合の後につい本音が出てしまったようだ。
チマエフの純粋な一面は、母への想いを語った時にも表れている。
「母さんは、俺が一戦一戦勝つたびにチャンピオンになると思っている。俺は正規のチャンピオンになったら引退すると約束したんだ。だから俺のゴールは1位になる事。その目標が叶ったら引退するんだ」
UFCの狼も愛する母の前では素直な子犬になってしまうのだろう。
MMA界を揺るがす大事件
トップコンテンダーのバーンズと大激戦を見せ、いよいよタイトルショットが近づいて来たチマエフ。次戦ではかつてコナー・マクレガーにも勝利した事のある、グラウンドの達人、ネイト・ディアスとの試合が組まれる。ネイト・ディアスはこの試合を引退試合とし、この若きスターを相手に華々しくメインを飾ってオクタゴンを去る予定だった。
だが試合前日の公開計量で事件が起こる。
ダナ・ホワイトがUFC279の記者会見を、「バックステージでの乱闘騒ぎにより、キャンセルせざるを得なくなった」と発表。
ネイト・ディアスにとってUFCでの最後の試合となる土曜夜の試合を前に、メディアに向けて最後の挨拶をする予定だった。しかし、チマエフがバックステージで、ケヴィン・ホランドと揉め、100人規模の乱闘が勃発したのだ。
https://twitter.com/espnmma/status/1568694981053005825?s=20&t=fjNIYxJyzpiwm0pQhbeQtQ
この動画を見てわかるように、チマエフがホランドに蹴りを入れている、これがきっかけで騒ぎが激化し、間に入ったアスリートマネージャー、ティキ・ゴーンが水筒で頭を殴られたり、平手打ちをされたりととばっちりを喰らうなど、バックステージは大惨事となった。
ホランドとチマエフは実は非常に因縁深い仲だ。事の始まりは約1年前、
ケビン・ホランドが、カムザット・チマエフを自分たちがいたホテルの従業員だと勘違いしたことからこの険悪な関係が始まった。その時の状況をチマエフはこう語っている。
「俺はヤツの首を掴んで突き飛ばした。それから、みんなが俺を押さえていると、ヤツはボソボソ訳の分からない事言ってやがった。典型的なアメリカ人のやり方だ。何もしないでしゃべるだけ」
騒ぎを知った人々がやってきて2人を引き離し、何とか事無きを得た。
だがその後も両者の関係は悪化を辿り、コロナに感染し、チマエフが闘病している最中、ホランドはチマエフのインスタの投稿にも侮辱的なコメントを残し、インタビューでも
「コロナに感染したとか言うヤツラが居るけど、アスリートならさっさと乗り越えろよ」
「彼女も感染したけど、全然平気だったよ。俺たちはずっとヤリ続けてたね。戦う度胸がないなら初めからそんな事言うなよ」
となかなか復帰しないチマエフに、心無い暴言を投げつけていた。
このバックステージでの騒動は、チマエフがホランドに暴行を与える動画も含めて全世界に拡散され、多くのファンが楽しみにしていた記者会見を台無しにしたチマエフに、批判が集中した。
そんな中、チマエフが計量で7.5ポイントも体重を超過し、ディアスとの試合はキャンセルに。そしてこれも因果か、1階級上の因縁の相手、ホランドとの試合が急遽決定したのだ。
結果、チマエフの試合はメインカードでは無くなったのだが、実際に格闘ファンの興味をこの試合が独占し、実質メインと言える注目カードとなった。
スーパーヴィラン(大悪党)の誕生
傍若無人な発言と振舞いにヘイトが集まり、チマエフへのブーンイングの嵐の中、試合は始まる。
開始直後グローブを合わせようとホランドが拳を前に出し、チマエフも合わせる素振りを見せたところで、チマエフがいきなりのタックル。
この猛烈なタックルで1秒もかからずにホランドをテイクダウン。このタックルも「卑怯だ」「スポーツマンシップに反する」と、後に物議を醸す。
ホランドはチマエフの手から離れようと、すぐにスクランブルになり、ポジション争いが続く。
Real gangsters don’t fake glove touch, pussy. pic.twitter.com/B29d0rv3Xq
— Aj (@AjDuxche) September 11, 2022
ホランドはチマエフのテイクダウンから逃れようともがいていく中で、一瞬首に腕を回す隙ができ、その一瞬を逃がさずに、チマエフはダースチョークを仕掛ける。ホランドは逃れようとするが、動けば動くほど状況が悪くなる。終いには、チマエフがホランドの身体に足を巻きつけ、完全に身体を固められたところで、タップして試合は止められた。試合開始2分13秒での決着だった。
「どうしたんだ?何か言って見ろよ」 ラスベガスの観客がブーイングを浴びせる中、チマエフは反抗的に言い放つ。
「俺はこの場所で最も危険な男だ。俺は誰とでも戦う。誰であろうと殺す。誰も俺を止めることはできない。死ぬときはオクタゴンの中で死ぬ。俺はオクタゴンの中から出ない。ここが俺の家だ」と強気に発言し、
「両方の階級を狙うよ。両方のベルトを獲りに行く」とウェルター、ミドルの両階級タイトルを狙うという野望を打ち明けた。
元UFCミドル級王者、マイケル・ビスピンは「UFCに公式のスーパーヴィラン(大悪党)が誕生した」とコメント。ダナ・ホワイトも「彼は間違いなく、獣だ」とチマエフの獰猛なキャラクターを表現した。
この一件でUFC界のヒールとしてイメージが定着しつつあるチマエフだが、どの顔が彼の本当の素顔なのだろうか。そして今現在も調査中という記者会見での暴動の件はどう進展していくのか。
何らかのペナルティが下されるとしたら、チマエフの今後のキャリアにも影響が出るかもしれない。
もしチマエフがUFCを出て日本のRIZINに来るような事があったら・・・などとついつい余計な事を考えてしまうが、いずれにせよ、まだまだ底を見せないチマエフの快進撃、どこまで続くのか格闘ファンは皆注目している所であろう。そんな”Borz” カムザット・チマエフ選手からは、まだまだ目が離せない。
カムザット・チマエフ選手の知りたいトコ!
カムザット・チマエフは結婚してる?
狼、獣、悪党等と、散々な言われ方をしているチマエフだが、そんな彼も恋する心は持っていた。
これまで殆ど私生活や女性との交際について公言して来なかったチマエフだが、今年の5月、チマエフとチマエフ夫人の挙式の動画が突如、なんとチェチェン共和国の首長ラムザン・カディロフのインスタグラムにアップされたのだ。
それまで一切結婚の事には触れず、夫人の存在も明かさず、結婚式場には一切のマスコミが入る事も許されず、夫人のプライバシーを徹底的に守る姿勢から、チマエフがどれだけ夫人を大切に思っているかが伺える。
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やはり大切な人を自分の手で守り抜こうと言う、優しくて強い一面こそが彼の本質なのでは無いかと信じてみたくなるエピソードだ。
カムザット・チマエフの母への想い
前述したように、チマエフは今、チャンピオンになるという母との約束の為に戦っていると言っても過言ではない。その影にはチマエフの記憶に強烈に残る母の優しさがある。
スウェーデンに移り住み、UFCと契約するまえのチマエフとその家族はとても貧しくて、日々食べるのもままならなかった。その頃を振り返って彼は語る。
「母はいつも俺たちのことを考えてくれていた。なぜ母が俺たちに食べ物をくれるのか、母は俺たちが食べ終わるのを待ち、残り物を食べていたんだ。今、大人になって、母がなぜそのようなことをしたのか理解できた。今、俺は母にすべてを返したいと思っている。だから、どうしたら彼女の人生をより良いものにできるか、いつも考えているんだ」。
自分にとって一番大切なのは母親の人生だと、国外にいるときはいつも電話で母親と話すと明かした。母親が幸せであれば、自分も幸せでいられると、チマエフは語る。
きっと、この母の無限大の愛があるからこそ、彼はヒールでいられるのであろう。
チマエフがゲームのキャラクターに!?
メタバース空間でゲームに勝利するとビットコインが稼げるというブロックチェーンゲーム、Arcanaの中で「スウェーデンのバイキング」というアバターのモデルとしてチマエフが起用され、そのアバターの動くシーンが本人のインスタで公開されている。
We are ready for the battle at @farcanaofficial
Follow up and stay tuned #farcana #game #metaverse #play&win #bitcoin #UFC279@farcanaofficial @binance pic.twitter.com/9xfFC2j6sa
— Khamzat Chimaev (@KChimaev) September 10, 2022
チマエフの表情、姿勢、雰囲気を完全に再現し、舞台となっている火星の雰囲気ともマッチしていて非常にクールである。
特徴的なルックスをチマエフは今後、格闘技以外でも我々を楽しませてくれる機会が増えていくかもしれない。
まとめ
ここまでカムザット・チマエフ選手のストーリーを見てきたが如何だっただろうか。
チェチェン共和国で生まれ、レスリングで身体を鍛え、スウェーデンに移住した後も経済的に苦しい中で、母の愛に守られながら、実力を伸ばしてプロデビュー。破竹の勢いで連勝を重ねる中でUFCから声がかかり、圧倒的な勝ち方で連勝を続けたが、コロナという最凶の敵の前に一度は心が折れそうになる。
しかし、多くの応援や挑発に奮起させられ、オクタゴンに戻ったチマエフは再び連勝を続け、一躍UFCウェルター&ミドル級のタイトル候補に躍り出て来た。
選択肢の広がったチマエフにはこれから更なる強敵への挑戦を続け、または勝負を挑まれる事もあるだろう。
コロナが原因で対戦が叶わなかった、現在ウェルター級の王者に君臨するレオン・エドワーズ。そしてエドワーズに敗れるまで快進撃を続けて来たカウル・ウスマン、そして一つ上のミドル級にもバケモノがうようよいる。
”Borz” はこの猛者たちをまとめて狩っていくのか、それともチマエフが羊になる時が来るのか。
いずれにしても野性味の溢れる、獣の様なファイトは、格闘技ファンにこれからも愛され、彼のキャラクターも含め、勝ち負けに関係なくチマエフの試合は注目され続けることだろう。
そんなカムザット・チマエフ選手をこれからもみなさんと一緒に応援していきたい。
※アイキャッチはUFCの公式HPより引用