パワーとパワーのぶつかり合い。重量級の試合の魅力はそこに尽きると考える人も多い反面、ヘビー級のそんな所が気に入らないという人も中にはいる。
だがイリー・プロハースカはライトヘビー級という重量級ファイターの中でも、スピードとテクニック、予測不能なコンビネーションを兼ね備えた稀有な存在だ。
武士道を精神の柱に持ち、如何なる窮地に立たされても、最後まで考え抜き、観衆や解説者までもが度肝を抜かれる発想でピンチを脱出し、RIZIZタイトル、UFCタイトルを獲得。6年間、無敗の13連勝を記録している。
一方その人間性は、非常に真面目で、常に相手選手へのリスペクトを忘れない、悪く言うとあまりにも真面目過ぎた部分もあったが、最近ではユーモアのある部分も表に出し始め、彼のキャラクターに惹かれた新たなファンも多い。
もちろんそんなプロハースカも最初から完璧なファイターであった訳はなく、多くの失敗や敗北を経験してここまで辿り着いたのは言うまでもない。
彼がどのような経緯で総合格闘家の道に入り、そしてここまで強くなっていったのか。今回はイリー・プロハースカを丸裸にしていこう。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2019/04/21/e17c341da5a75eb791a8848fa862d5fa8100d157_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
イリー・プロハースカのプロフィール
名前 : イリー・プロハースカ
生年月日 : 1992年10月14日
出身地 : チェコ共和国
身長 : 193cm
体重 : 93Kg
戦績 : 29勝3敗1分(25KO 3SUB)
階級 : ヘビー級
所属 : Jetsaam Gym Brno
獲得タイトル : RIZINライトヘビー級王者 UFCライトヘビー級王者
入場曲 : Kevin Rudolf「In The City」
バックボーン : ムエタイ・伝統派空手
公式 HP : ー
Twitter : @Jiri BJP Prochazka
Instagram : jirkaprochazka
Youtube ー
アパレル ー
ファンクラブ ー
UFCタイトルを獲得したばかりで、今世界で最も勢いのあるファイターと言っても過言では無いプロハースカ。ここからは彼の格闘人生を、少年時代まで遡って紐解いてみよう。
喧嘩少年と格闘技の出会い
1994年10月14日、プロハースカはチェコで産声を上げる。彼については幼少時代のエピソードが面白いので少々書かせていただこう。
MMAプロデビュー前は、アマチュアサッカー選手として活躍し、フリースタイルのBMX、フロアボールも得意とするスポーツ万能だったプロハースカ。
6歳の時に父親を亡くし、プロハースカを押さえつける人間が居なかったせいもあり、自由奔放に育っていく。
実は喧嘩も10代の頃から大の得意で、週末はストリートファイトに明け暮れ、その数100以上!!
更には、地元のサッカーチームのフーリガンクラブに入り、他チームのクラブと30対30の喧嘩などにも参加していたそうだ。サッカーチームのサポーター同士で喧嘩をするなど正直何の意味があるかは分からないが、とにかく戦うことが大好きだったらしい。
そんな荒くれ者、プロハースカが、友人からキックボクサーの試合を見せられた事がきっかけで格闘家を志すようになる。ムエタイの練習からスタートし、なんと2011年にチェコのムエタイの大会でいきなりの優勝。その後MMAへ転向し、GCFという団体を拠点にプロとしてのキャリアをスタートする。
プロハースカは最初の2年で7戦2勝。なんと全て1RKOという驚異的な成績で快進撃を続け、2013年にはGCFの初代ライトヘビー級王者になる。プロハースカは更に破竹の勢いで勝ち進み、2015年までに8戦7勝1分、その殆どが1RKO勝ちという、凄まじい成績を残してRIZINに乗り込んでくる。
衝撃のRIZINデビュー
格闘技冬の時代が明けた直後の、2015年RIZIN WORLD GRANDPRIX ヘビー級トーナメントのリングに、プロハースカは降臨した。迎えるのは北京五輪、柔道金メダリストの石井彗。柔道から総合に転向後、そのフィジカルの強さと不屈の闘志を武器に、数々の外国人選手を撃破し、あのジェロム・レ・バンナにも勝利した日本の雄だ。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2016/04/04/693f91beeacd2948a5181556d27926ff97a61369.jpg(RIZIN公式HPより引用)
1Rから積極的に攻めるプロハースカ、首相撲からの膝やアッパーで石井のボディを痛めつけ、さらに息もつかせぬワンツー連打とボディブローで石井の心を折っていく。ヘビー級とは思えぬラッシュのスピードに石井は全く対応が出来ない。立っているのがやっとの石井にプロハースカは強烈なハイキックを喰らわせ、石井は堪らずダウン。倒れた石井の顔面にプロハースカが体重をかけた膝を打ち付けた所でレフェリーストップ。
歴戦の強者を完膚なきまでに叩きのめし、新しい時代の到来を観衆に予感させた。
2日後に行われたRIZINヘビー級トーナメント準決勝では、ワジム・ネムコフと対戦。ネムコフはデビュー以来無敗の5連勝、全て1RKOというプロハースカに勝るとも劣らぬハードストライカーだ。
1R前半はネムコフの壮絶なパウンドの連打にかなり苦しい展開を強いられるプロハースカ、あと数発入ったらレフェリーストップがかかるかというレベルで散々殴り倒される。
なんとか立ち上がるがフラフラのプロハースカ、しかしこの状況から徐々に流れを盛り返し、ラウンド終了間際には鋭い左ストレートと、顔面への膝をヒットさせてネムコフの心を折り、途中棄権するまでに追い込んだ。
転機となった敗戦
同日行われた決勝戦ではキング・モーと対戦。準決勝でフラフラになるまで殴られたプロハースカのスタミナとダメージは回復するのか懸念されるところだ。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2016/03/25/e623d5ca19a91ba4db7daffc71c4e45acbd88476.jpg(RIZIN公式HPより引用)
1R、立ち上がりは意外にもプロハースカが前に出て、コンスタントにワンツーやローキックでモーにプレッシャーをかける。
プロハースカが前蹴りからのミドルキックを出したその足をとって、モーがテイクダウン。グラウンドの対処がまだ完成されていないプロハースカは、延々とモーのハンマーのようなパウンドを喰らい続け、左瞼の上をカット。
何とか立ち上がり、報復せねばとモーを追いかけまわすプロハースカ。作戦も何もない、感情のままにモーに向かって拳を振り続けるプロハースカに、モーのカウンター右フックが、プロハースカの顎を貫く。この一撃でプロハースカは完全に失神。追い打ちをするまでもなくプロハースカのKO負けとなった。
後日、本人が語っているが、この敗戦はプロハースカの格闘への意識を大いに変え、さらに真剣に練習に打ち込むきっかけになったという。
次戦では藤田和之を右ストレート一発でマットに沈め、続いてRIZIN無差別級トーナメント一回戦に出場し、判定にもつれたものの3-0でマーク・タニオスを下した。
準決勝では把瑠都との試合が予定されていたが、この試合で膝を負傷してしまい、無念にもトーナメントを棄権せざるを得なかった。
約一年の休養を挟み、2017年9月、トルコのMMAイベントFusion FNに参戦。横綱相撲で対するウィリアン・ロベルト・アウベスを完膚なきまでに叩きのめす。
窮地を乗り越えて
2017年12月29日、RIZIN WORLD GRANDPRIX 2ndでカール・アルブレックソンとのワンマッチに参戦。アルブレックソンは海外のリングで好成績を収めた寝技の得意な選手だ。
この試合でプロハースカは思わぬ苦戦を強いられた。1R後半でプロハースカは激しいパウンドを受け、顔面は血に染まり、顔が苦痛に染まる。しかしアルブレックソンが打ち疲れたところを、プロハースカはブリッジでリバースしてスタンディングへ戻り、壮絶なラッシュを畳みかけ、アルブレックソンは堪らずリングにうずくまり、レフェリーストップ。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2020/06/12/dc21d112edc5bb70101e089ecd91d2cca8b5df11_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
まさかの大逆転劇にさいたまスーパーアリーナは阿鼻叫喚となった。
途中まで押していたアルブレックソンだったが、インタビューでは「プロハースカはとても強い相手で、非常にアクティブで、難しかった」とプロハースカの強さを認めた。
2018年7月29日、2戦前ではわずか7秒で相手をKOしている、生粋のハードストライカー、ブルーノ・カッペローザを迎えた。
試合前インタビューでは、「絶好調です、スーパー」と好調をアピール、そして「試合で勝つこと自体より、その過程、自分が誠心誠意戦ったかという内容を大切に思っています」と語った。実はプロハースカは日本に来て以来武士道に傾倒し、インタビュー中の佇まいも、武士そのものだった。
試合では、カッペローザの左ストレートを受けて一旦尻もちをつき、さらに猛烈なラッシュを畳みかけられた所を、強烈なカウンター右フックで一気に流れを変え、猛反撃! ダメ押しの鉄槌でカッペローザは完全に意識を失い、またしてもプロハースカの逆転衝撃KOで試合は幕を閉じた。
試合後のインタビューでは「今日の試合は私の理想に近づけた試合だと思います。これからも自分の理想を目指して精進します」と、自らの技が完成に近づいていることを明かした。
激戦からわずか2か月後、プロハースカはRIZIN.13でジェイク・ヒューンを迎える。
ヒューンは海外の様々な団体で試合を経験し、寝技も打撃でも極める事が出来るオールラウンダーだ。
試合は、ヒューンがカウンターを狙っているのか、自分からはあまり前に出ようとはしない。プロハースカもヒューンのカウンターを警戒し、不用意に前には出ていかない。試合は膠着しているように見えるが、妙な緊張感が漂っている。プロハースカは、じり、じり、とヒューンとの距離を詰め、手数を増やしていく。
コーナーまで追い詰められたヒューンが堪らず手を出すと、まるで待っていたかのようにプロハースカがカウンター右フック。このパンチが効いたと分かるとプロハースカは一気に仕留めにかかる。
ヒューンは下がりながらもカウンター狙いのバックブローを出すが、なんとプロハースカはこのバックブローに対してもカウンター左フック! 堪らずヒューンはマットに転がる。
プロハースカはヒューンの身体を横に向け、ハンマーのように鉄槌を振り降ろす! 「ドス!!」会場に響き渡る重い音とヒューンのうめき声。ヒューンは必死に立ち上がるが、立っているのがやっとか、すぐにプロハースカの右ストレートでダウン。上からパウンド、膝を打ち付け、それでも根性で立ち上がるヒューンに、無慈悲な左右のフック&ストレートでラッシュをかける。ここでレフェリーがストップ。
元々強力なパンチを持っているプロハースカだが、更に高度なテクニックと駆け引きを身に着け、一流の格闘家へと進化したのがよくわかる試合だった。
試合後インタビューでは「試合に臨むにあたって、いつもチャレンジというものを課題として持っています。前に前に進んでいくと言う、そんな気持ちです」と、まだまだ学ぶ姿勢を崩さない、格闘技への謙虚な思いを語った。
元ベラトール王者と激突!
次戦はRIZIN.14で、元ベラトールミドル級世界王者、ブランド・ホールジーと対戦する。その実績もさることながら、レスリング出身でフィジカルも強く、一本での勝利も何度も経験している。
1R前半は、ホールジーのその強靭なフィジカルによってグラウンドを支配され、パウンドを何発ももらった挙句にフロントチョークを狙われ窮地に陥る。
意識を精一杯保ちながら、身体をバウンドさせて何とか脱出。
スタンディングに戻るも、ホールジーの戦車のようなタックルに抵抗できず、コーナーに押し込まれる。塩漬けの展開になるが、プロハースカはそのホールジーの突進力を利用し、サッと力を抜いて身体を後ろに引くと、ホールジーは勢い余ってリング外へ転がり落ちて、背中を強打。
一旦試合はストップする。試合再開後、相変わらず暴れ牛のような勢いで突進してくるホールジーに力負けしてマットに転がされ、バックを取られてパウンドを何発も喰らい、一瞬無防備になった所でバックチョークをかけられる。
場内がどよめいたが、間一髪で脱出して立ち上がり、いよいよプロハースカの時間がやってくる。
マットに仰向けになるホールジーに全体中をかけたパウンドを一発、二発。堪らず背を向けたホールジーに覆いかぶさり、後ろから容赦なく左右のフックを叩きつける。これを見て和田レフェリーが大声を出しながら試合を止め、1R6:30でプロハースカのTKO。
ホールジーペースで進んでいた6分あまりを、ラスト数秒でひっくり返すプロハースカの理不尽とも言える破壊力に、会場は騒然となった。
試合後インタビューでは「反省点が多いです、もっと動いて相手をキャッチするという事が必要だと思います」と更なる成長を目指す姿勢を見せた。
雪辱の時
2019年4月21日。2015年にキング・モーに敗れて以来、4年間無敗で走り続けてきたプロハースカに、RIZINライトヘビー級タイトルマッチへの挑戦、そしてキング・モーへのリベンジという大きなチャンスがやってくる。キング・モーはここ最近連敗続きながら、ベラトールで一流選手と凌ぎを削り合って来ている。タイトルマッチに相応しい強敵なのは間違いないだろう。
1Rは緊迫した空気で距離を取り合い、互いに攻撃の糸口を探す展開。一度対戦し、ある程度相手の力が分かっているだけに不用意に飛び込めない。モーはコツコツとローキックでプロハースカの機動力を奪いにいき、プロハースカはラウンド後半の数発目のローが効いたか、足を流されてよろめく。やられっぱなしではいけないと、プロハースカも左右のパンチを出すが有効打はないまま1R終了。
2R、じりじりと距離を詰めていくプロハースカ、カウンターを狙いながらローで牽制するモー。距離が縮まってきたところで、プロハースカは攻めの体勢に入りパンチを出し始めるが、モーにカウンター右フックを2発決められ、左の目の下を切り出血。
なんとか一発当てたいプロハースカは攻勢を強めるが、モーは巧みに攻撃を避けていく。ここでプロハースカは隠し刀を抜く。パンチの防御に集中していたモーに、唐突にトーキックを出したのだ。これにはモーも反応できずクリーンヒット。
これが効いたか、モーは後ろに下がる。ここで追い打ちをかけたいところだが、前回の対戦で深追いしたところを返り討ちに遭っているだけに慎重になる。案の定、モーもプロハースカが入ってきそうなタイミングに合わせてカウンターを狙ってきている。見せ場はあったものの、仕留めきれずに2R終了。
3R、試合の流れは一気に激しくなる。プロハースカが右フック、左フック、膝蹴り、前蹴りと、コンビネーションを駆使してモーを削っていく。さらにジャブを1発出してからのワンツーが効いた様子だが、モーはここで下がるとむしろ殺られると見て、ヨレながらも前に出て拳を出す。
これに合わせて更にプロハースカがカウンターを当てていく。モーは形勢を逆転しようとそれでも前に出て打ち合うが、これこそがまさにプロハースカの土俵。
ひたすら磨き続けてきた拳とボクシングテクニックの前にモーは手も足も出ない。プロハースカの左の連打に耐え切れなくなったモーが頭を抱えるようにガードを固めたが、ガードの隙間に渾身の右アッパーを打ち込み、モーは堪らずマットに崩れ落ちる。ここでレフェリーが止めて3R3:02でTKOとなり、プロハースカがRIZINライトヘビー級の頂点にたった!
試合後インタビューでは、いつも固い表情のプロハースカが珍しく表情を緩ませ「私はこの3年間、彼を打ち負かせたい、という気持ちで練習して参りました。今日、彼が私の対戦相手となり、そして結果を出せた事、これが一番の成果だと思います」と3年越しの雪辱に安堵する心境を語った。
王者の初陣
次戦RIZIN.19ではファビオ・マルナルドを1R1:49で瞬殺し、続くRIZIN.20ではUFCからの刺客、CBダラウェイを迎えてのRIZINライトヘビー級タイトル防衛戦を行った。
試合が始まると、ダラウェイはプロハースカの弱点を足と見て、執拗にローキックを打ってくる。ラウンド序盤で既にプロハースカの左足は既に赤みを帯びている。
その赤みを目印に更にダラウェイがローを入れ、一瞬プロハースカがよろめく。コツコツと土台を崩し、試合を組み立てようとするダラウェイだったが、試合の流れが一変する。
鋭い踏み込みと共に繰り出された、フックとアッパーの中間の軌道で出された、おそらく全く見なかったであろうプロハースカの右の拳が、ダラウェイの顎にモロにヒット!
ダラウェイの意識が飛んだところを。さらに左フックでマットになぎ倒し、すぐにレフェリーが止めて試合は終了。画面越しでも恐怖を感じるほどの強烈なKOだ。
さすがにこれだけの圧勝劇を繰り返すプロハースカの名声は海外にも轟き、ベラトールやその他の団体からもオファーが来ていたプロハースカ。試合後のインタビューで今後の展望を聞かれると、RIZINへの感謝とリスペクトを表しつつ、今後は他の海外団体の試合への参戦も示唆した。
世界最高峰、UFCへの挑戦
数々のオファーが舞い込み、世界が注目するプロハースカだが、彼が選んだのはMMA頂点、UFCだった。UFC初戦の相手は当時UFCライトヘビー級7位のヴォルカン・オーズデミア。
ライトヘビー級のタイトルへの挑戦経験もある選手。UFCデビュー戦とはいえ、輝かしい実績を持つプロハースカだけに初戦から相手も強力だ。
オーズデミアは試合前、インタビューで「俺たちは共にKOアーティストであり、もちろん殺しに行く。この試合は3Rまで持たないよ」「俺が今まで戦ってきた相手と違い、ヤツは逃げ腰だ」と挑発。
これに対しプロハースカは武士道精神を崩さず、「ファンは素晴らしい試合を期待しているはずだ…僕は素晴らしい試合をしたいんだ」と語った。
まだ未知数のプロハースカの実力に懐疑的な見方も多く、賭け金はオーズデミアの方に傾いた。
試合が始まると、プロハースカは初めてのオクタゴンにも固くならずに、1Rから伸び伸びとアグレッシブにケージの中を動き回る。
胸の辺りをトントンと叩き、相手の注意を向けたところに素早くパンチを入れたり、日本拳法のような構えを見せたりと、トリッキーな動きで相手を翻弄。
しかしラウンド中盤、オーズデミアのノーモーションからの鋭い右ストレートをモロに喰らい、さらに右フックの追い打ちでグラつき、一旦後退。
体勢を立て直して、プロハースカは左右のパンチ連打で応戦する。
コンスタントに放たれるオーズデミアのローがやや効いてきた所で、オーズデミアはさらに前に出て攻勢を強める。プロハースカの右ストレートに合わせた、オーズデミアのカウンター左ストレートがクリーンヒットし、再びグラつく。オーズデミアに猛烈なラッシュを畳みかけられ、さすがのプロハースカも防戦一方。さらにタックルを仕掛けられ、ケージに押し付けられた所で1R終了。
さすがはUFCのトップファイター、これまでの様に簡単に逆転という訳にはいかない。だが次のラウンドで、プロハースカの真骨頂が発揮される。
2R、一旦様子を見合う両者だが、開始30秒頃にプロハースカがローキックを放ち、意識を下に向けたところでブラジリアンキック! これが見事に決まり、オーズデミアの頭がぐらりと揺れる。
オーズデミアはフラフラしながら前に出て手を出すが、しっかりとその動きを見ながらカウンター。オーズデミアが後退すると、それを追いかけ、飛び込んでからのワンツー。体重の乗った強烈な右ストレートが顎に直撃し、オーズデミアはマットに崩れ落ちて失神してしまう。追撃するまでもなく、プロハースカは劇的なKOでUFCデビューを飾り、その勇敢な戦いぶりから、ギリシャ神話の英雄、ディオニュソスから取った”Denisa”というニックネームが与えられた。
試合後インタビューでは「UFCのタイトルをとる事は俺の使命だ。でも、タイトルだけでなく、パフォーマンスも改善しなければならない」
大きな野望と、謙虚な姿勢を見せた。
華々しいデビューを飾ったプロハースカに、次戦ではラスベガスでの興行、UFC ESPN23のメインイベントという、大きな舞台が用意される。
対戦相手はドミニク・レイエス。UFC参戦後、怒涛の6連勝でタイトルマッチに挑み、王者にこそなれなかったものの善戦した、紛れもないUFCのトップファイターだ。UFCのダナ・ホワイト会長は「この試合の勝者が、次のライトヘビー級王者になる可能性が高い」と述べ、それは次戦でタイトル挑戦のチャンスがある事を暗に示していた。
この試合への気合の表れか(?)、試合前会見にプロハースカは長い赤リボンをつけたちょんまげ姿で現れる。記者に「イリー、そのイカした髪型はなんだい?」と尋ねられると「これはwi-fiをキャッチするためのアンテナさ」とジョークを言い記者たちを笑わせた。
参考動画:「JIRI PROCHAZKA POST-FIGHT INTERVIEW | UFC FIGHT NIGHT: REYES VS PROCHAZKA」(字幕なし、外部リンク)
だが、前試合でオーズデミアに追い詰められていた事を指摘する評論家も多く、今回はプロハースカと肩を並べるハードストライカー、レイエスの猛攻を凌げるか、またはグラウンドに勝負をかけるのか、注目が集まった。
1R、落ち着いた立ち上がり。単発で打撃を出し互いに様子を伺う。レイエスの左の蹴りのモーションに合わせて、プロハースカの強烈なカウンター右ストレートが顔面を捉え、思わずレイエスはのけ反り一旦後退。
レイエスもカウンターで応戦するが、大きなダメージは無い。プロハースカはレイエスの踏み込みに合わせて右ストレートを合わせ、鈍い音が鳴り響く。タイミングも完璧だがその威力も相当だ。
これが効いたと見てプロハースカはあらゆる角度からストレート、フック、前蹴りやボディなどの壮絶なラッシュを畳みかける。だがレイエクも一流選手、そんな激しいラッシュの中でも一瞬の隙を見つけてはカウンターを狙って手を出し続ける。まるで銃撃戦のようなファイトだ。この激しい攻防の中で早くもレイエスの顔面が血に染まる。
ラウンド終了間際にプロハースカが左右のフックを「Bang! Bang!」と大きな音をたててガードの上から叩きつけたところで1R終了。
2Rが始まるとすぐにレイエスは前に出て連打を見せるが、プロハースカはこれを回避し、一旦大振りの右フックを見せると、次はノーモーションのキレのある左をレイエスの顔面に入れ、再び顔面を血に染める。
レイエスは流れを変えようと前に出て来るが、プロハースカはその動きをしっかり見据え、カウンター右フックをヒット。これを皮切りに左右の連打でラッシュをしかけ、飛び膝でプレッシャーを与える。
レイエスが蹴りを出そうとすると、その足が伸びる前に、プロハースカの拳がレイエスの顔面を捉える。なんという反応の速さとカウンター技術だろう。
後ろに引くレイエスを左右のフック、ストレート、前蹴りとボディを織り交ぜた、予測不能の攻撃がレイエスのガードの隙間を襲っていく。レイエスの顔面が見る見る血に染まる。
ここでプロハースカがやや油断したか、ふいにレイエスの左カウンターフックを喰らい、一瞬フラついてしまう。プロハースカはタックルをトライするが、レイエスはその首を取ってフロントチョークの体勢に。
この状況からの脱出は何度も経験しているプロハースカ。難なく首を抜き、上から攻撃の糸口を探すが、逆に下から顔面を蹴り上げられ、レイエスの身体の上に倒れこむ。しかしすぐに我に返り、サイドポジション、ハーフガードとポジションを移動しながら重いパウンドを落としていく。
レイエスは堪らず立ち上がり、背を向けて一旦距離を取ろうとするが、プロハースカは仕留めに行く。ボディにミドルキックを入れ、接近するとガードの上からでも効くであろう右肘を2発、この右肘の勢いを利用し、身体を回転させて、まさかのスピニングエルボー!こんな攻撃は想定していなかったのだろう、レイエスは全くガードできずにまともに受け、失神してマットに撃沈。
もちろん追撃するまでもなくプロハースカの衝撃のKO勝利となった。
この劇的KOは瞬く間に世界の格闘ファンに知れ渡り、「芸術的」「映画のワンシーンの様なKO」とブログや記事で絶賛された。
この試合でプロハースカは、ファイト・オブ・ザ・ナイトとパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトのボーナスを獲得。
この使い道について聞かれると「俺は自分の欲望に正直で、女の子や大きなパーティーなど、やりたい事をやろうと思う。でも、やりたい事がもう一つ。森の中で格闘技の練習に明け暮れて生活したいんだ』 と語った。
世界を懸けた大激戦
いよいよUFCライトヘビー級タイトルに王手をかけたプロハースカ。ついに王者へ挑戦する時が来た。迎えるのは42歳にしてライトヘビー級の王者に輝いた鉄人、グローバー・テイシェラ。
タイトルを奪取した前戦をバックチョークで制したように、寝技も打撃も得意で経験も豊富なオールラウンダーだ。
試合前会見でプロハースカは「人生で最も仕上がっている。全てを、全てをこの日のために準備してきた。俺がNo.1だという事を、この試合で証明する」と、静かに、覚悟を込めた口調で語った。
世界中の格闘ファンが注目する中、2022年6月12日、運命の一戦は行われた。
1R、始めは様子を見合う両者。テイシェラがプロハースカの足を取ってテイクダウンし、持ち前のレスリングテクニックで絶えずプレッシャーをかける。スタンディングに戻ってここから流れを変えていきたいプロハースカだが、再び足を取られてテイクダウン。今度はマウント取られ激しいパウンドの雨に晒される。何とか抜け出して立ち上がったプロハースカ、お返しと言わんばかりに寝ているテイシェラに真上から強烈なパウンドを落としていく。ここで1R終了。
2R、インターバル中に対策を練ったか、タックルを上手く避けながら、得意の立ち技で試合は進み、多彩なコンビネーションでテイシェラを圧倒。しかしラウンド後半にマウントを取られ、またもやテイシェラのパウンドの連打を喰らい、終盤には全身の体重をかけた肘鉄を何度も顔面に落とされ、プロハースカの顔面が裂け鮮血がほとばしる。ゴングに救われ何とかこのラウンドは凌ぎきった。
3R、何とか自分の土俵で戦いたいプロハースカだが、相手のタックルを警戒するあまり思い切った攻撃は出来ない中、不用意に出した蹴りを捕まえられてテイクダウンを取られる。ここは何とか抜け出し、左ストレートを見せてから強烈な右ボディ。文字通り「めり込む」という表現が相応しい凶悪なボディは、テイシェラにも流石に効いたようだ。組みついてくるがテイクダウンする力はなく、逆にプロハースカがケージの端で左右のストレート、ボディに肘と、猛ラッシュを畳みかける。締めのボディへの膝で悶絶しうずくまるテイシェラ。上からさらに追い打ちを狙うが、流石グラウンド巧者のテイシェラ、上手くリバースして上になり、ガードポジションからプロハースカにパウンドの連打を叩きつける。ここで再びゴングに救われる。
両者血まみれの凄惨なファイトはまだ2R残されている。最後まで立っていられるのはどちらの選手なのか。
4R、流石に疲れて来たか、プロハースカはあまり手が出ない。逆にテイシェラが攻勢に出て、立ち技でもプロハースカが防戦一方となる。ラウンド後半はまたしてもグラウンドの攻防になり、一瞬プロハースカが一本取られるかという場面もあったが、何とか持ちこたえてラウンド終了。
最終R、テイシェラが一発一発、魂を込めた左右のフックでラッシュをかけて来る。プロハースカの闘志が燃え尽きかけているのか、得意のカウンターも出さず、繰り返しテイシェラの打撃をもらい続けてしまう。堪らず組みついてグラウンドに持ち込むが、やはりマウントを取られ、パウンドを落とされ、肉体も気力も限界のプロハースカ。もはやここまでかとほとんどの観衆が思ったその時、プロハースカが金網に足をかけ、徐々に下半身を持ち上げ、そのまま回転し、なんとテイシェラのバックを取った!!
この神業とも言える窮地からの脱出劇に会場は大興奮!テイシェラは最後の攻撃に全ての力を使い切ったか、上手く脱出が出来ない。あらゆる角度から攻めていく中でついにテイシェラの首に手を回し、バックチョークを極める! 試合終了間際なだけに何とか耐えたいテイシェラだが、プロハースカの剛腕に締められてはそう長くは耐えられない。テイシェラ無念のタップで、プロハースカがこの大激戦を制した!!
RIZINの元チャンピオンが世界の頂点になったという事でこのニュースには日本の格闘ファンも熱狂した。
だが、当の本人は試合後のインタビューで「僕からすれば、ひどい試合、ひどいパフォーマンスだった」と険しい表情で語り「次の試合では、別のファイターになることを誓うよ。あんな風にはならない。あれは、僕にとって良いパフォーマンスではなかった」と更なる進化を聴衆に約束した。
また、敗者のテイシェラは「厳しい減量がアダになった。いつも生徒に言い聞かせている事だ。厳しい減量の後には5Rは持たない」と語り、プロハースカとの再戦を強く熱望した。
次戦はまだ未定だが、入れ替わりが非常に激しいUFCのリングで、プロハースカがどこまで防衛していけるのかは注目すべき所だろう。また、UFCの契約を終えた後でもいいので、再びRIZINのリングに上がる所を是非見てみたいという願望もある。いずれにしても、イリー・プロハースカ選手からはまだまだ目が離せない。
イリー・プロハースカの知りたいトコ!
イリー・プロハースカは宮本武蔵のファン?
UFCのドミニク・レイエス戦からヘアースタイルをチョンマゲにした所から分かるように、プロハースカは武士道に傾倒している。8年ほど前に日本でコーチから宮本武蔵の「五輪の書」をもらった所から武士道の探求が始まったようだ。
海外のインタビューでは「俺の人生で最も重要な人物は宮本武蔵だと思う」とまで語っている。
どんなに窮地に立たされても消えない心の炎、不屈の闘志は、日本の「武士道」がルーツなのかもしれない。
イリー・プロハースカは山奥に住んでいる?
実は今、プロハースカはトルコの山奥に住んでいて、家の敷地内にトレーニング器具を設置し、サンドバッグや、綱上り、懸垂等、基礎的なトレーニングを中心に毎日こなしているようだ。
そして週に一度はトレーニングを最小限にして、静かに大自然の中に身を置き、自分の身体の芯の部分と全てを繋げるという、瞑想に近いトレーニングをしているそうだ。このトレーニングによって、目から得た情報からのインスピレーションを直接脳に送り、試合の中で咄嗟の判断が可能になるという。これまで起きて来た幾つもの大逆転劇は、トレーニングによって鍛えられたインスピレーションの賜物なのだろう。大自然の中で座禅を組むプロハースカの姿はまさに侍そのものだ。
イリー・プロハースカに彼女・妻はいるの?
プロハースカには2019年頃までは付き合っていた人がいたようで、SNSにも数少ないが写真が残されている。写真で分かるように、とても美しい女性で、交際を解消した今でも交流は続いているようだ。
現在、武士道にのめり込んでいるプロハースカは孤独を好むようで、この状況ではなかなか新しい彼女を作るのは難しいかもしれない。UFCの王者になったプロハースカだが、誰かの王子様になるのはまだまだ先になるか?
まとめ
ここまでイリー・プロハースカのストーリーを見てきたが如何だっただろうか?
喧嘩に明け暮れた少年時代に格闘技と出会い、瞬く間にトルコのチャンピオンへと駆け上がり、ライジンのリングへ。
キング・モーに敗北した事で自身の技を見つめ直し、必死に磨き、鍛え上げて来たその技で、モーにリベンジを果たし、RIZINライトヘビー級の王者へ。そして更なる高みを目指しUFCに移籍すると、強敵たちを次々に倒し、ついに世界の頂に到達した。
アグレッシブなファイトとは対照的に、大人しく、勤勉で常に礼節を忘れない、そのキャラクターは、これからも世界中の格闘ファンに愛され続ける事だろう。
今後はライトヘビー級のベルトを守り続けるのか、またはプロハースカはヘビー級こそ適正ウェイトと評するファンや専門家もいる事から、ヘビー級への挑戦という可能性もゼロではない。
そしていつかRIZINのリングで凱旋試合をしてほしいと願うファンも少なくは無いはずだ。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2019/10/12/cdd34092d9041c393524e6ea5766387b7d1b65d5_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
そしてRIZINの名を、武士道の考え方を世界に広め、認知度を向上してくれている彼に感謝と敬意を込め、これからも皆さんと一緒にイリー・プロハースカを応援していきたい。
※アイキャッチはRIZINの公式HPより引用