アメリカの映画『シュレック』をご存知だろうか。物語の主人公・シュレックは、外見からは威圧的な雰囲気が感じられるものの、その内面には、人を思いやる優しい心を持ち合わせている。日本の格闘技界に今、その怪物の名をリングネームに掲げ、ファンに勇気と感動を与える1人のファイターがいる。
彼の名は、関根”シュレック”秀樹。普段は柔らかい物腰の関根だが、一旦リング上に上がると113kgの巨体で荒々しく暴れまわる。その姿はまさに、”シュレック”を彷彿とさせるものがある。
そんな関根は、格闘技界でも異例の経歴を歩んできた。警察官として20年以上働き、関根が本格的に格闘家に転向したのは43歳のとき。ファイターとしても旬を過ぎているであろうその年齢で、安定した職業を捨ててまで格闘家になろうと決意した「きっかけ」は、一体何だったのか。その答えは、関根の人生の歴史を紐解いていくことで自ずと見えてくる。
今回の記事では、関根の生い立ちから、格闘家としての歩み、そして今後の展望について詳しく紹介する。まずはプロフィールから見ていこう。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2021/12/31/615067a0c7765af65897422bfd3be3971b8337ce_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
関根“シュレック”秀樹のプロフィール
名前 : 関根”シュレック”秀樹
生年月日 : 1973年8月13日
出身地 : 静岡県磐田市
身長 : 174cm
体重 : 113.0kg
戦績 : 18戦 12勝(8KO) 6敗
階級 : 無差別級、ヘビー級
所属 : ボンサイブルテリア
獲得タイトル : なし
入場曲 : Dhol Foundations
バックボーン : 柔道、柔術
公式HP : −
Twitter : @shrekbonsai
Instagram : shreksekine
YouTube : https://www.youtube.com/channel/UCvG_RjzKKEwVzqPjDaWdkNA
アパレル : −
ファンクラブ : −
警察官から総合格闘家へ
事故に遭った少年の逆転劇
静岡県磐田市で生まれた関根。関根の家の近くは壮大な自然に囲まれており、川や山には毎日のように足を運んでいた。しかし、関根が4歳のとき悲劇が襲う。川遊びに行った帰り道に交通事故に遭い、右足に重傷を負ってしまったのだ。その後、手術はなんとか成功したものの、結果的に関根の足は黒く変色してしまい、当時は足を思い通りに動かすことも難しくなっていた。
その後、関根は小学校に入ると、同級生から自分の足を「気持ち悪い」と言われ、いじめを受けるようになる。しかし、関根はそんな状況にも決して屈することなく前を向いた。「いじめっ子たちを倒せるように、強くなりたい」そんな想いを胸に抱くようになった関根は、地元の柔道場の門を叩くことになる。
いざ柔道を始めると、関根の才能はグングンと伸びていった。数々の小学生の大会に参加しては、その度に優勝を飾り、いじめも気付けばなくなっていた。そして中学・高校でも一心不乱に柔道に打ち込んだ後、関根は柔道の名門・山梨学院大学へ進学。さらにレベルの高い環境で、厳しい練習漬けの日々を送った。
そんな関根は大学在学時、同級生の影響で、プロレスや総合格闘技に興味を引かれていた。特に「UWFインターナショナル」や「PRIDE」での白熱した試合に心を奪われ、関根は大学卒業後にプロ格闘家の道へ進むことを熱望するようになっていた。しかし、その事を父親に伝えると猛反対に遭い、関根の願いは悔しくも叶わず。さらに祖母からも「安定した職業に就きなさい」と口酸っぱく言われ、関根は仕方なく警察官の道に進むことにした。
ブラジリアン柔術との出会い
静岡県警に就職した後は、地域の平和を守る仕事にやりがいを感じ、自分の職務を全うしていた。地域課刑事や機動隊分隊長を歴任し、順調にキャリアを積み重ねる関根はある日、「国際捜査課」への異動が決まった。国際捜査課は、外国人犯罪の事案を担当する部署。特に関根の勤務先でもある浜松では、ブラジル人による犯罪行為が多発していた。そこで関根は、ブラジル人に関する情報収集を目的に、ブラジリアン柔術の道場に入門を決める。これが、関根にとって大きな転機となる。
いざブラジリアン柔術を習い始めると、持ち前の格闘技センスを存分に発揮し、たった数ヶ月で全日本、さらにアジア大会を見事に制覇してみせた。メキメキと実力を伸ばしていく関根だったが、期せずして、一緒に練習をしているブラジル人の「自由奔放な考え方」に感銘を受けるようになる。「やりたいことをやらない人生は、意味がない」そう考えるブラジル人の生き様は、後に関根の挑戦を後押しすることになる。
関根は37歳のとき、地元・浜松で格闘技の大会が開催されているのを目にする。会場の熱狂を前にして、「格闘家になることを熱望していた過去」を思い出した関根。「やりたいことをやる」というシンプルなブラジル人の考え方にも背中を押された関根は、大会関係者に声をかけ、現職の警察官でありながら、夢だった格闘家デビューを果たすことになる。
念願の格闘家デビュー
関根は鍛え上げたブラジリアン柔術を武器に、DEEPでのデビュー戦を見事に勝利で飾った。さらにその後も、現役の警察官ファイターとしてリングに上がり、気付けば驚異の公式戦7連勝を遂げていた。一躍、関根は日本ヘビー級の注目株としての期待を背負う存在になっていた。そして43歳のときに、関根にとって最大のチャンスが訪れる。世界有数の格闘技団体・ONE Championshipから、ヘビー級タイトルマッチのオファーが届いたのだ。
関根はこの一戦に向けて、十分な練習時間を確保したかった。警察官のままだと、なかなか時間を捻出するのが難しいと感じていた関根は、周囲の反対を押し切って警察官を辞めることを決意。『やりたいことをやらない人生なんて意味がない』ブラジル人から学んだこのマインドが、この時も関根の決断を強く後押しした。本格的にプロ格闘家へと転向した関根は、ジムで厳しい練習を積み、満を持してONE Championship・ヘビー級タイトルマッチの大舞台へ挑むことになる。
初のタイトルマッチ挑戦
関根のタイトルマッチの対戦相手は、ブランドン・ヴェラ。ヴェラは世界最高峰の格闘技団体UFCにも出場している強豪。身体が小さいながらも得意の打撃を武器にUFCで大活躍したヴェラは、当時のONE Championshipで絶対的王者として君臨していた。
関根にとって人生最大の挑戦、初の王座獲得へ向けた運命の一戦が幕を開ける。
1ラウンド、関根は得意の寝技にヴェラを持ち込もうとするが、ヴェラはこれに応じない。逆に、ヴェラの得意の打撃で関根は徐々に追い込まれていく。1ラウンド中盤、一瞬の油断からか、関根はヴェラのハイキックをもろに食らい、体勢を崩す。関根は必死のディフェンスでテイクダウンを狙うが、これはヴェラに難なくかわされる。そして、ヴェラの強烈なミドルキックが関根のボディを完璧に捉え、ここでダウン。ヴェラがラッシュに入ったところでレフェリーが割って入り、試合は終了。強い覚悟を胸にタイトルマッチに臨んだ関根だったが、1ラウンドKO負けを喫してしまった。世界の壁の高さ、そして己の未熟さを痛感した関根だが、意外にも試合後は晴れやかな表情をしていた。「37歳で格闘技を初めて、ついに世界レベルのタイトルマッチにも挑戦することができた。夢を追いかけるには、遅すぎるということは決してない」そんなことを関根はリング上でファンに示してくれた。
その後も、One Championshipの頂点を目指して、関根は海外選手との対戦に挑み続ける。しかし2017年にはアライン・ンガラニと対戦するも、関根は右フックを撃ち抜かれ、わずか11秒でKO負け。その後の試合でも、アレクサンドル・マチャドを相手に2ラウンドKO負けを喫し、関根は一旦戦いの舞台を日本へ戻すことにした。
「3連敗は是が非でも避けたい」そう考えていた関根は、復活をかけてDEEPで中井光義との一戦へ。この試合は終始、関根が中根を圧倒し、1ラウンド終盤に見事なグラウンドパンチで関根はTKO勝利を飾った。この勝利を機に、関根のもとにRIZINからのオファーがついに届くことになる。RIZINは、2000年代の格闘技ブームを牽引した「PRIDE」の代表である榊原信行が立ち上げた団体。PRIDEの大ファンだった関根にとっては、まさに夢の舞台への挑戦だった。
RIZIN参戦後の戦い
いざ、RIZINデビュー戦へ
2020年2月、関根のRIZINデビュー戦は地元・浜松での開催が決まった。そして対戦相手はロッキー・マルティネス。マルティネスはパワフルな打撃が持ち味のファイターで、DEEPを中心に実績を積んできた。寝技を得意とする関根にとってマルティネスは苦手なタイプのファイターであり、戦前は関根の苦戦が予想されていた。
試合前、関根は「得意技はジャーマン・スープレックス。序盤は打撃の展開になると思うが、何とか組みついて投げたい」と語り、寝技に持ち込む狙いを見せていた。
いざ、関根のRIZINデビュー戦が幕を開ける。1ラウンド、開始のゴングと同時にマルティネスは関根に飛び込みを仕掛ける。対する関根はタックルで応戦し、持ち前のパワーでマルティネスを押し込む。そのまま両者、コーナー際での攻防が続けていたが、ここで均衡を破ったのはマルティネスだった。
破壊力抜群の打撃を繰り出すマルティネスの勢いに、関根は次第に飲まれていく。なんとかローキックでマルティネスの勢いを殺そうとするが、マルティネスもカウンターを合わせ、右ストレートをヒットさせる。これで完全に体勢を崩した関根は、パウンドとサッカーボールキックを放つマルティネスに、なすすべなし。ここで関根の体がリング外に出てしまい、レフェリーはそのまま立ち上がれない関根を確認し、試合をストップ。関根の地元開催のRIZINデビュー戦は、1ラウンドKO負けという、ほろ苦い結果に終わった。
試合後、関根は「これで終わりではない。俺は立ち上がる。今晩からトレーニングを始めて立ち上がって前に進みます。それが漢の生き方です。自分の見せたい姿です。立ち上がってひとつひとつ勝ち上がって、そして再びRIZINのリングに上がって勝ちたいです」と語り、再起を胸に誓った。果たしてこの宣言通り、RIZINの舞台で関根は初勝利を挙げることができるのだろうか。
大晦日の舞台へ
2021年12月31日、関根のRIZIN 2戦目の相手はシビサイ頌真に決まった。シビサイ頌真は、打撃も寝技も器用にこなす日本人ヘビー級のトップ選手。直前のスダリオ戦でもKO勝利を挙げており、関根にとってもシビサイは格上の選手だ。誰もがシビサイの勝利を疑っていなかった。
試合前、関根は「大晦日のRIZINは格闘技の集大成、年間総決算みたいな憧れの舞台。いよいよ今回シビサイ君と闘うということで、本当特別な存在です」と語り、対戦相手へのリスペクトを示していた。
いざ、試合開始のゴングが鳴る。1ラウンド、まずはシビサイがスタンドの打撃で先制を取る。関根はシビサイの隙を狙い、得意の寝技に持ち込もうとするが、これは上手くいかない。その後、次々と繰り出されるシビサイのパウンドやキックを被弾した関根は、徐々に動きの切れも失っていく。このまま、シビサイの圧勝劇で試合は幕を閉じるかと思われたその瞬間、どんよりした空気を切り裂くように、関根のジャーマンスープレックスが炸裂。得意の投げ技で一気に形勢が逆転し、関根が上からパウンドを打ち続けたところで、1ラウンドが終了した。
2ラウンド、シビサイは1ラウンドと同様に打撃でプレッシャーをかけてくるが、関根のカウンターを警戒しているのか、本来の勢いがまるでない。そんなシビサイの様子を受けて、関根は泥臭く、臆することなくパンチを打ち込んでいく。そして関根は、シビサイの隙をついてテイクダウンを奪うと、パウンドの鉄槌を顔面に強打。ここでシビサイの動きが完全に止まり、レフェリーが試合をストップ。格闘技の聖地・さいたまスーパーアリーナで関根は、格上のファイターを相手に見事なTKO勝ちを収めた。
喜びを抑えきれない関根は、リング上で号泣。そしてマイクを手にすると「どんな困難があっても、諦めなければ良いことがある。ひげモジャでブサイクな顔をした俺が勝つから、メッセージ性がある。ここが俺の人生の一番の頑張りどころだと思い、全力で勝ちにいきました」と語り、多くの格闘技ファンに勇気と感動を与えた。
力士出身、ヘビー級のホープとRIZIN 3戦目へ
2022年4月、関根の次なる相手は貴賢神に決まった。貴賢神は、RIZINで活躍中のスダリオ剛の双子の弟。相撲をバックグラウンドに持つ貴賢神は、2017年には新十両に昇進を果たすなど、力士としても実績は申し分ない。今回の関根との一戦がMMAのデビュー戦でもあり、貴賢神のファイターとしての実力は未知数であった。
試合前、関根は貴賢神の印象について「みなさんが思っているように、体格がでかい、身長、体重がある。とても凶暴でRIZINの新しい風になると思いました」と語り、貴賢神のポテンシャルを高く評価していた。
1ラウンド、オーソドックスに構える関根に対して、貴賢神が相撲仕込みの圧力をかけて前へと出る。関根は冷静にステップを踏みながら右ローを当てると、貴賢神も張り合って右ローを返す。さらに、関根が飛び込んでの左フックを狙うと、貴賢神がストレートのカウンターをピタリと合わせ、さらにワンツーを豪快に放つ。MMAデビュー戦とは思えない貴賢神の落ち着きが目立ち、ここで1ラウンドが終了した。
2ラウンド、開始早々から関根は、左右のフックからタックルを仕掛ける。そのまま貴賢神をケージ際まで追い込むと、一気にテイクダウンへ。貴賢神はケージを背にして立つが、関根のパワーはさらにギアを上げ、再び貴賢神を押し倒してテイクダウン。その後、関根は強烈なパウンドと、しつこいヒザ蹴りを見舞い、貴賢神を圧倒。余裕の表情の関根は、一旦、貴賢神と距離を取った後、サッカーボールキックを蹴り込み、さらに強烈なパウンドを2発。試合続行不可能と判断したレフェリーが割って入り、関根が2ラウンド途中KO勝利を飾った。
勝利した関根は試合後、これがデビュー戦だった貴賢神について「真面目に長所を伸ばしていけば、将来自分は勝てないと思う。彼、そのままでも強いですよ。すごいパワーがあったのと、スタミナはないかと思ったけど、寝技で抵抗してきたので、練習していると思いました」と語り、貴賢神の今後の活躍に期待を寄せていた。関根はDEEPでの試合も含めると、この時点で4連勝。波に乗っている関根を待ち受けていたのは、貴賢神の仇を取るべく立ち上がった、双子の兄だった。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2022/04/16/743b3c125e0fbfdfa61a8d3e4d75b94295ab9ac3_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
日本ヘビー級の逸材、スダリオ戦
2022年7月、関根のRIZIN4戦目の相手はスダリオ剛に決まった。スダリオは、貴賢神の双子の兄であり、大相撲・貴乃花部屋で新十両まで進んだ実績がある。2020年9月に鳴り物入りでRIZINのリングに上がると、デビューから破竹の3連勝を遂げるなど、スダリオの実力は本物だった。
関根は試合前、「スダリオ君は素質がすごい選手。男だから燃えちゃいますね。スダリオ選手、ド突き合いましょう」と語り、ファンに熱戦を期待させた。
1ラウンド、スダリオの出足をうかがう関根は、下がり気味にローキックを放つ。すると、スダリオは勢いよくプレッシャーをかけて距離を詰めてくると、そのまま前蹴りをヒット。関根も応戦するべく前に出るが、その一瞬の隙を狙われ、スダリオの左フックが関根の顔面にヒット。もろにパンチを被弾した関根は、そのまま前のめりに倒れてダウン。スダリオは右のパウンドを一発放ったところで、レフェリーが割って入り試合をストップ。関根は、1ラウンド途中でのKO負けを喫することになった。
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関根は試合後、「スダリオ選手は、こちらで予想するよりも物凄いものを持ってきた。予想以上の強さ。気が付いたら天井を見ていた」と語り、完敗を認めた。
関根は現在、48歳。実は「下垂体腺腫(通称:巨人症)」という病気も抱えており、関根の格闘家としての体力はもうわずかしか残っていない。ただ、そんな逆境の中でも、リング上で関根は戦いを楽しんでいる。それはきっと、昔から憧れていた格闘家へ転身し、今現在の日本のトップレベルで戦えている充実感に由来する「楽しさ」だろう。
関根は、これからもRIZINの頂点を目指し、挑戦し続けていく。その物語は、映画『シュレック』のように、人々に勇気と感動を与えてくれるだろう。これからの関根の活躍に注目必至だ。
関根”シュレック”秀樹の知りたいトコ!
彼女はいるの?
関根には、32歳の時に結婚した妻がいる。そんな妻は、関根にとって一番の理解者だ。関根が警察官をやめてプロ格闘家になろうとした時、両親を含めほとんどの人に反対されていた。しかし、妻だけは関根のこの選択を応援してくれたという。48歳でも現役を続ける関根の活躍の裏側には、陰で支えとなっている妻の存在があったのだ。
実はプロレスラーでもある?
関根はMMAファイターとして活躍する傍ら、実はプロレスラーとしても活動している。2018年に、UWFインターナショナルの流れを汲む「ハードヒット」という団体でプロレスデビューを果たすと、2022年には憧れの船木誠勝と対戦。試合こそ負けてしまったが、新しいことへ躊躇いなく挑戦していく関根の姿は、同世代の男たちに希望を届けてくれた。
癒しのワンちゃん?
関根にとって、愛犬の存在が大きな癒しになっている。黒色の肌を持つラブラドールレトリーバーと戯れる関根の様子は、リング上とは、また違った顔を見せてくれる。
まとめ
関根は幼少期から柔道に打ち込み、将来は格闘家として活躍することを夢見ていた。しかし親の意向もあり、大学卒業後は警察官の道へ進む。
仕方なく進んだ道だったが、それでも順調にキャリアを重ねた関根は、国際捜査課への異動をきっかけに、ブラジリアン柔術と出会う。柔術で日本、アジアの頂点に上り詰めるだけではなく、ブラジル人の自由な気質や考え方に触発され、一念発起してMMAへの挑戦を決意。現在では48歳という年齢ながら、RIZINのヘビー級最前線で戦い続けている。
「総合格闘技に年齢は関係ない」そんな強いメッセージを送るかのように、今日も関根は練習に励んでいる。関根のこれからの活躍に、目が離せない。
※画像URL:https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16782696/rc/2022/04/16/9d9ec37a638456098cd716bd1a1377cf9b6f6f74_xlarge.jpg(RIZIN公式HPより引用)
※アイキャッチはRIZINの公式HPより引用