様々な格闘技のバックボーンに裏付けられた変幻自在、予測不能なコンビネーション、空気を切り裂くような蹴り、そして魔法の様に一瞬にして試合をひっくり返すサブミッション。自分よりパワーがあろうが、タフであろうが、相手の意表をつく大技で強敵達を次々とキャンバスに沈めて来た。
ベラトール18連勝という、ベラトールではダントツの記録を持ち、さらにベラトール最速の8秒KOというレコードホルダーでもある。
20歳という若さでベラトールに参戦し、一度も敗北することなくフェザー王者にまで上り詰めたマッキーの強さの秘密はどこにあるのだろうか?今回は“マーセナリー”AJ・マッキーを丸裸にしていこう。

AJ・マッキーのプロフィール
名前 : AJ・マッキー
生年月日 : 1995年4月7日
出身地 : アメリカ・カリフォルニア州
身長 : 178cm
体重 : 71Kg
戦績 : 19勝1敗(6KO 7SUB)
階級 : フェザー、ライト級
所属 : ボディショップ・フィットネス
獲得タイトル : ベラトールフェザー級王者
入場曲 : Snoop Dogg and Dr. Dre. 「Nuthin’ But A G Thang」
バックボーン : 総合格闘技
公式 HP : ー
Twitter : @ajmckee101
Instagram : AJ McKee
Youtube ー
アパレル https://bellatorshop.com/(ベラトール公式ショップ)
ファンクラブ ー
今年27歳になったマッキーは、格闘家としてまさにこれからが全盛期。マッキーのモチベーション次第では更なる進化を遂げ、伝説的な選手へと成長する可能性は大いにあるだろう。一体マッキーはどうやってベラトールに参戦し、フェザー級王座を勝ち取ったのか、まずは彼の幼少期まで遡ってマッキーの格闘人生を見ていこう。
最強遺伝子を持つ男、格闘家の道へ
最強の父と二人三脚の日々
AJ・マッキーは1995年4月7日、アメリカのカリフォルニア州で生まれた。
父のアントニオは当時まだ知名度の低かったMMA創世記のファイターで、実に22もの団体を渡り歩き30勝6敗という、堂々たる成績を残している。
また、ランページ・ジャクソン、チャック・リデル等の、日本のPRIDEでも大活躍した選手達の指導に当たり、トレーナーとしても抜群の実績を持っている。
だが、これだけの実力を持っていながら、アントニオ・マッキーの名が格闘史に刻まれる事は無かった。
相手を塩漬けにして判定勝ちをもぎ取るという、彼のファイトスタイルは決してプロモーターの好みに合うモノではなく、大きな試合のチャンスは殆ど訪れなかったからだ・・・。

そんなバックボーンを持つ父の元に生まれたマッキーは、ADHDという発達障害の一種を持っていた。リタリンを服用させる事によってADHDの症状は軽くなるのだが、アントニオはADHDの性質を理解し、学校には活かせず、マッキーのペースに合わせて学習を進めるような環境を作りあげた。
「私がしたことは、彼に教育を受けさせることでした。学校に通わせるのを止め、1時間以内に5教科を教えました。1学期で2つ上の学年に飛び級したんだ」
アントニオは、マッキーの教育のためになんと年間26000ドルも払って教師を雇い、集中力の続かないADHDの子どもの為に、目まぐるしく教科を変えるという方法で、マッキーの学力を大きく伸ばしていった。
父の熱心な教育により、メキメキと学力を伸ばしていくマッキーだったが、当時は連勝街道を走っていた父のジムに入り浸っていたという。そして、マッキーは、あのチャック・リデルやランペイジ・ジャクソンと並んで練習をし、スパーリングで父親がスーパースターたちをぶちのめしているのを見るうちに、格闘技こそが自分の生きる道だと心に決めるようになった。
だが、父アントニオはそんなマッキーの想いに賛成できなかった。アントニオが格闘技で成功できなかったのは自身の“肌の色” のせいだと考え、息子が格闘技の世界に入りたいという気持ちを明かした時に、「この仕事は黒人が成功できるようになっていない」と何度も言い聞かせたと言う。
だが、マッキーの戦いへの衝動は簡単に抑えられるモノではなかった。マッキーは高校のトイレで定期的に“試合” を行い、さらにはロサンゼルスのギャング団のメンバーと喧嘩をしてぶちのめしてしまい、大ごとに発展。このギャング団がマッキーを殺す計画を立てているという事を耳にしたアントニオは『あぁ、もうこれで収拾がつかなくなった』と思ったそうだ。
「AJはケージの中では自制心が働くみたいなんだ。もう格闘技をやらせるしか選択肢が残っていなかった」
アントニオはついに観念してマッキーの格闘技界入りを認める。そしてかつてマッキーの為に考え出した勉強方法をトレーニングにも応用した。
当時の事をマッキーはこう語る。
「アントニオは、僕たちのような人間は、常にあわただしく楽しみながらやらないといけないと気づいたんだ。そこで、これやったら、次はこれ、次はこれ、とトレーニングすることにしたんだ。誰も信じてくれないから、話してこなかったけどね」
レスリング、打撃、タックル、パンチにキックと、特定の技に集中するのではなくあらゆる角度からトレーニングを重ね、技に厚みを持たせていく。アントニオの独特な指導により、マッキーは、恐ろしいスピードで様々な技を吸収し、自分のモノにしていった。
メキメキと実力を上げて行くマッキーは、アマチュアの大会で連戦連勝し、偉大なる父のネームバリュー(あくまで格闘技界隈での)もあってか、2015年4月7日に、20歳でのプロデビュー戦を、なんといきなりの大舞台、ベラトールで迎える事になる。
ベラトール参戦後
電撃デビューと快進撃
AJ・マッキーはこのいきなりの大舞台にも臆することなく、マルコス・ボニージャを相手にリアネイキドチョークで一本勝ち! 試合開始2分強の、電撃デビュー勝利となった。
その後も精力的に試合に出場し、なんとデビューから4戦をすべて1RKO勝利という圧倒的な勝ち方で4連勝。その後、判定決着もあったものの、無傷の連勝を続け、2015年4月から2017年初頭までの約2年間で7連勝と、驚愕のパフォーマンスを見せる。
しかし、当時はベラトールの体制が変わり、トーナメントが行われなくなった事もあり、なかなか実績のある相手と戦う機会を持てず、マッキーの印象は“雑魚狩り”が得意な勢いのある若手、という程度だった。
マッキーもその評価を肌で感じ、連勝を重ねながらも苛立っていた。もっと強い選手、上位ランクの選手と戦いたいと事ある毎に表明してきたが、その想いに応える粋な上位ファイターもいない。
そこには勢いのある新人がなかなかトップコンテンダーとカードを組ませてもらえない複雑な理由がある。勢いのある若手選手は実力も未知数だが、伸びしろも大きい。上位コンテンダーといえども負けるリスクはあり、ランク外の選手に負けたとなると大きく順位を落とすことは免れない。一方、もし勝ったとしても、ランク外の選手に勝利したところで自らの順位になんの変動も無く、つまり上位陣からすると何のメリットもないのである。
爆発するフラストレーション
そんな中、マッキーと同じように無敗で連勝街道を邁進し、順位を上げていた若手選手、ジェームズ・ギャラガーが、2017年初頭の試合に勝利後、マッキーの名を出し、対戦を匂わせた。この指名を渡りに船とマッキーは食いついた。すぐにでも試合をしたいマッキーだったが、なかなか実現せずにマッキーの苛立ちは募る。
「彼はただのガキだ」とマッキーは言い放つ。
「俺と戦いたいと言い、でもバンタム級で戦いたいと言い、そしてまた上がってくる。ただの優柔不断なやつだよ。やつも誕生日ケーキを食べたいかもしれないが、俺が誕生日会に参加すれば、あいつの取り分は無しだ」と自分のいる階級から逃げたギャラガーを激しく罵倒した。
ようやく11月にギャラガーとのカードが組まれたが、なんとこの試合の直前にギャラガーは膝の怪我を理由に試合をキャンセル。ブライアン・ムーアが代役としてたてられた。これを聞いてマッキーの怒りが頂点に達する。
「やつの膝頭を蹴り上げて、再手術させてやる!」
マッキーは、連勝をいくら重ねても、大きなカードを組んでもらえず歴史の影に消えていった父・アントニオと自分を重ねていたのかもしれない。焦燥感に駆られたマッキーはさらに続ける、
「俺が戦いに飽き、もう戦いたくないと思った時にはもっと良い相手と戦えると思ってた。もう期限切れなんだ。この試合が終わったら10戦全勝7フィニッシュだ。みんなは言う『今度は誰がマッキーと戦うんだ?』って。頼むから5位以内のヤツと戦わせてくれ。パトリシオでもかまわない。誰であろうとベルトを持っているやつは叩きのめす。できればピットブルがいいな。俺は小さいヤツが好きなんだ」
と、どちらがピットブルか分からない程の吠えっぷりだった。
マッキーにとって、ギャラガーの代役であるムーアは眼中にすら入らないようだったが、そもそもギャラガーが試合をキャンセルして、真っ先に立候補したのはムーアだった。
彼はマッキーをそれ程脅威に感じておらず、試合前も
「マッキーが対戦した相手は、一本調子というか、レベルが低い。最後に戦ったブレア・タグマンはブラジリアン柔術の黒帯だが、グラウンドに持ち込むことができなかった。チンパンジーを与えて、2週間トレーニングさせれば、あいつよりいい立ち回りができるだろう」
と、強気に発言。
これに対し「俺にとっては楽な給料日だ、簡単な稼ぎを断るやつなんていないさ」とマッキーも余裕を見せる。
だが、予想に反して、マッキーは思わぬ苦戦を強いられる事になる。
ムーアの出身であるアイルランドでの試合で、地元の観客からマッキーへのブーイングの嵐の中試合はスタート。
1Rからムーアの卓越したボクシングテクニックに翻弄され、何発かカウンターをもらい、終盤には目じりの辺りをカットし血が滴り落ちる。
2Rに入り、ムーアの攻撃は苛烈を極める。マッキーは強烈なボディーや顔面へのカウンターフックを受けて、顔面は血に染まり、ボディーへのダメージでフットワークも重くなる。ローキックで対抗しようとはするが、明らかにダメージはマッキーの方が大きい。
明らかに劣勢な状況だったが、3R、試合は急展開を見せる。
ムーアが距離を詰め、パンチを出そうと踏み込んだ所に、マッキーがタイミングよく出したジャブがキレイに決まり、ムーアがフラッシュダウン。マッキーはこれを絶好のチャンスと、一気に上から激しいパウンドで攻め立て、堪らずムーアが身体を回してうつ伏せになった所に、リアネイキドチョークを極める! 成すすべなく身体をよじるだけのムーアを見てレフェリーは試合をストップ!
立ち技では水を空けられたが、決め手が多いマッキーに勝利の女神が微笑んだ。そして同時に、ベラトールのこれまでの連勝記録を更新した!
試合後に「来週行われるピットブル vs ウェイチェルが行われるがどっちが勝つと思う?」と聞かれたマッキーは、「俺が獲りに行くぜぇ~!」と陽気に答えた。
その後、約10ヵ月ほどケージを離れるが、2018年8月にはジャスティン・ローレンスを判定で破り、休む間もなく翌月には試合に出場し、ジョン・マカパをわずか1分9秒、左フックで粉砕。さらに3か月後にも試合というかなりタイトなスケジュールの中で、ダニエル・クロフォードから1R3:19に一本を取り、連勝を13に伸ばした。
訪れたチャンス
マッキーの父も、6年間無敗で15連勝という記録があるが、マッキーの場合はプロモーターやファン好みの派手なフィニッシュも伴っていた。これまでなかなか上位選手との試合を組んでもらえず、愚痴をこぼしてきたマッキーだったが、周囲の注目度が増す中で、ようやくマッキーの挑戦を受けて立つトップコンテンダーが現れた。その選手とは、元ベラトールフェザー級王者、パット・カランである。
会見ではこの挑戦を受けてくれたカランに、マッキーは感謝の気持ちとリスペクトを表したが、同じ会見場に居たフェザー級王者、パトリシオ・“ピットブル”・フレイレに対しては180度違う態度を示した。
パトリシオは、マッキーがカランと戦う日に、階級を一つ上げて、ライト級のベルトを懸けてマイケル・チャンドラーと戦う事が決まっていて、これがマッキーにとっては気に入らなかった。
「自分の階級で無敗の選手がいるのに、他の階級に行くなんて、俺への侮辱だ」とマッキーが言うと、パトリシオは。
「おいおい、お前はまだ俺とやれるようなレベルじゃない、お前もわかってるだろ?」
とあしらう。
これにマッキーは「おい!黙れ」と言い返し、「ベルトを持ってこい。階級を上げるのはやめろ。お前は自分が思っている程大したことないんだよ、兄弟。チャンドラーがお前のケツを叩いて、そのあと俺がお前のケツを叩いてやるんだ」と息まいた。
カランに対しては、「パット・カランは動きを読むのが本当に上手いから、ファイターの癖やパターンを利用してくるだろう」「だが俺は正攻法じゃないし、あらゆる角度から攻撃ができる。それが自分の有利に働くと期待している」と冷静に分析して勝利のビジョンを描いた。
2019年5月11日に行われた試合では、マッキーが事前の発言通り非常に多彩な攻撃でカランを攻め立てる。
1Rはテイクダウンからの激しいパウンド。立ち上がってからはミドルやハイキック、膝を多用してカランにプレッシャーをかける。

2Rからはスローな展開の中で、マッキーは、ローキックを連発して確実にカランにダメージを与え、フェンスに追い詰めると予測不能なコンビネーションで圧倒する。途中でカランにテイクダウンを奪われる場面もあるが、逆に下から肘を連発しカランにペースは握らせない。
3R、これまでのダメージが大きいか、カランの動きは鈍く、最後までマッキーがペースを握って試合終了。
3-0の判定で、勝利したマッキーは、ついにベラトールのトップ5入りを果たした。そして、連勝も14に伸ばした。
この若い力の台頭にカランは「今がキャリアの終わりとは言わないが、終わりに近づいているのは確かだ」とインタビューの中でこぼし、実際にこの4か月後のフェザー級トーナメントで、プロデビューから無敗の13連勝で勢いに乗る若手、アダム・ボリッジに敗北して以来ケージには戻ってきていない。
父子の偉大な記録
いよいよタイトルショットに手の届く位置まで上り詰めたマッキーだが、奇しくもこの年一度廃止されたトーナメントが、再び開催される事になった。
このトーナメントにパトリシオも参戦を表明。約1年10ヵ月もかけて行われるビッグトーナメントだけに、パトリシオと拳を交えるには、このトーナメントに出場しないという選択肢は無い。
さらに、このトーナメントの優勝者にはなんと、破格の100万ドルという賞金が用意されている。普段からお金に対する執着を隠さないマッキーは当然この一大イベントに飛びついた。
実はこのグランプリ開幕戦は別の意味でも大きな注目を浴びていた。二人三脚でここまでマッキーを支えてきた父・アントニオがなんと、5年ぶりに、まもなく50歳になろうという年齢でケージに復帰すると言うのだ。
マッキーは久々の試合を前にする父について
「これは何年も前から決まっていたことだ。父さんはそのタイミングを待っていたんだ。父さんはもうすぐ50歳になるけど、今でも毎日僕らと一緒にトレーニングをしているし、磨きが掛かっていて、未だに新しい物を生み出している」と父の健在ぶりを語り、
「父も俺も時代の最先端を走っている。これからはこの世界でマッキーの名前を否定することができない時代になるだろう。父は8年間無敗だったが、誰も彼のことを知らなかった。俺は14勝0敗で、まだ “期待の星 “と呼ばれている。2人とも過小評価されてると思う。でも大会が終われば マッキーの名が知れ渡る。レスリングだけじゃない 。ぶっとばしてKOだ」
と父へのリスペクトを表しながら、グランプリ開幕戦への意気込みを見せた。
初戦の相手、ジョージ・カラカニヤンはまだベラトール2戦目の新人、とは言えプロ歴は13年と長く、侮れない相手だ。カラカニヤンは試合前、
「血で血を洗う戦いになる事を約束する。ポイント争いはしない」と初戦から全開で打ち合いに行くと宣言。
さらに「A.J.はカランとやったような試合をするつもりだろうが、あれはただの点の取り合いだった」「俺がカランとやる事があったら、彼のボディにスピニング・ヒールキックで彼のキャリアをほぼ終わらせていたよ」と、マッキーのファイティングスタイルを批判した。
ベラトールフェザー級ワールドグランプリ開幕戦は、2019年9月23日に、マッキーのホームグラウンド、カリフォルニア州で行われた。
この試合で、カラカニヤンはその身をもって“血で血を洗う戦い”を体現する。
1R開始から数秒、マッキーが右のジャブを見せてカラカニヤンの意識をそちらに持っていってから、電光石火の左オーバーハンド! そのあまりの速さにカラカニヤンは全く反応できず、強烈な圧力に吹っ飛ばされてキャンバスに倒れこむ。間髪入れずにマッキーは追撃のパウンドを叩きつけ、ここでレフェリーストップ。何と、たったのベラトール史上最速である試合開始8秒、うっかりLINEのチェックをしている間に試合が終わってしまうレベルの電撃KOに、観客は絶叫、マッキー本人も大興奮していた。

試合後マイクを向けられると
「ベラトール最速の一本勝ちを極めたチームメイトのアビブに『史上最速を狙う』って話してたんだ。最速のノックアウトを狙ってたんだ!ウィナーウィナー、チキンディナー!ベイビー!!!」と絶叫した!
さらにマッキーの父、アントニオも2R1:17にパウンドによるTKO勝利!
史上初、ベラトールのケージで、同日に父子での勝利という、格闘史に残る金字塔を打ち立てた!
最後にマッキーは、
「まだまだやるぜ。ベルトを掴み取るんだ!」と宣言してケージを後にした。
アンストッパブル
次戦ではデレック・カンボスを迎え、腕ひしぎでの一本勝利を決めて準決勝に進出したが、実はこの試合の前半に膝の靭帯を損傷し、かなりタフな戦いを強いられた。
この時の様子を後にマッキーは
「足全体が痺れたんだ。ふくらはぎの真ん中から、お尻のほっぺたまで、焼けるような感覚があった。弾けたような、少し痺れるような感じ。アドレナリンが出ているのを感じたよ。痛くて、熱くて、なんかもうメチャメチャだった。とにかくカンボスを倒すんだ! と考えていたよ」と、壮絶だった心中を明かした。
この怪我の治療により本来行われるはずだった2020年6月の試合は11月に延期になった。
準決勝でマッキーは、元ベラトールバンタム級王者のダリオン・コールドウェルを迎える。
さすがに準決勝となると相手も強力だ。コールドウェルは、日本のRIZINでも大活躍したあの堀口恭司と激戦を繰り広げた猛者で、バックボーンのレスリングで鍛え上げられたフィジカルとタフさで、寝技にも強く長期戦も得意という非常に厄介な相手だ。大学時代にレスリングのリーグNCAAの王者になった経験もあり、そのレスリング力はベラトール内でも一目置かれている。
そのコールドウェル戦を前にマッキーは
「テイクダウンをさせるよ」とまさかの発言。「俺は柔術に自信があるし、下になった時は肘で顔を切り裂く自信があるからだ。彼は少し考えて、俺のパワーを感じたら、彼は『テイクダウンが必要だ』(皮肉のつもりで、テイクダウンするのを止めるというニュアンス)と言うだろうね。そして、俺がテイクダウンを奪うと、パニックモードが始まるんだ。俺はやつを立って戦わせるよ。彼の逃げ場は何処にもないんだ」と語り、コールドウェルを完封すると宣言した。
2020年11月19日、試合は行われた。
試合前の宣言通り、あっさりとテイクダウンを許すマッキー。得意の下からの肘でプレッシャーをかけ、コールドウェルの好きにはさせない。その後コールドウェルの首を抱え込み、ギロチンの様な体勢に入ったが、よく見るとギロチンではない。
観衆は一体マッキーが何をしているのかもわからない。しかし、確実にコールドウェルの動きは止まっている。そしてほどなくしてコールドウェルがタップをしているのがカメラでは確認できたが、レフェリーでさえ何が起こっているかよくわからずにストップが遅れた。なんと、マッキーはネッククランクという技をコールドウェルにかけていたのだ。この技は足と腕で首を挟んで捻るという関節技で、あまりに危険な技なため、PRIDEでも禁止とされていた大技だという。日本ではこの技で死者も出しているという禁じ手を、この大事な局面で出すとは、どこまでも底の知れない男だ。
見事1R1:11でマッキーの一本勝利。マッキーは100万ドル、パトリシオの首、フェザー級のタイトルと、全てを手に入れる瞬間まで後一歩のところまでやって来た。

試合後にマッキーは
「これは始まりの始まりなんだ。子供の頃の夢、12歳の時に100万ドルの小切手を自分で書いたんだ。それを換金して、タイトルを獲るのが楽しみだ」と、フェザー級の王座とグランプリ優勝を目前にした心境を語った。
マッキーが戦う真の理由
実はマッキーが戦う理由として、本人の口からは頻繁に「金のためだ」という言葉が出て来るが、これは単に贅沢がしたい、という事だけでは無かった。
マッキーは子どもの頃に父につれられ、当時スーパースターだったチャック・リデルやランペイジ・ジャクソンの家によく遊びに行っていたのだが、その度に疑問に思う事があった。
「何でうちにはお金が無いんだろう?」
これは単に貧乏を嘆いて言っていたわけではない。父・アントニオは、このスーパースター達を凌駕する程の技とパワーを備えていたにも関わらず、彼らよりも遥に無名で貧しい事が、純粋に不思議で仕方なかったのだ。マッキーのファイトマネーへのこだわりは、父がもっと価値のある男だ、本来億万長者になっているべき男なのだという事を世界に証明したいという想いから来ていたのだ。
かつて6年間で15連勝を記録しているという父・アントニオ。マッキーはそれを超える17連勝という記録をひっさげて、ついに世界にその名と、父の名を轟かせるチャンスを手にした。
狙い定める、ピットブルの首
2021年4月、ベラトール255大会でパトリシオがエマニュエル・サンチェスをギロチンチョークで破り、決勝進出を決める。試合後にマッキーはケージに乱入し、パトリシオと激しく睨み合いになる。何はともあれ、役者は揃った。ついにマッキーが5年間も追い求め続けた、パトリシオとのカードが2021年7月31日に実現する。
これまで幾度となく舌戦を繰り広げて来た両者。
試合前の会見でも激しいバトルが行われた。ピットブルに父・アントニオを侮辱され、マッキーが感情的になり
「お前が父の前で俺のケツを叩いてやると言ったのを覚えているか? お前の女房や子供の前でお前のケツを叩いてやる。どうだい?」と応酬。
この言葉にピットブルが
「今からでもやってやるぜ」
と言いながら立ち上がり、会場は緊迫した空気に。
さらにその後、マッキーがパトリシオのベルトを手に取り
「もうわかってるはずだ。このベルトは俺が持って帰るんだよ、ベイビー」と挑発するとピットブルはブチギレ! テーブルを強く叩いてマッキーに掴みかかろうとした。
間にSPが入り、場外乱闘は免れたが、最後まで両者は罵り合い、緊迫したムードのまま会見を終えた。

ベラトール255大会でパトリシオと睨み合った時の印象をマッキーは、
「ヤツの中に恐怖が見えた」と言い、「ヤツはあの試合で既に手一杯だったんだ。そしてヤツは何かを恐れている。まるで出口を探しているようだ。俺がその出口まで案内してやるよ」
と、人生最大の大一番を前にしても、全く揺るがぬ自信に溢れていた。
そして試合当日、これまでにないド派手な演出と共に、ベラトール史上最も注目を集める一戦が始まる。
最初は相手の出方を伺い、単発の攻撃を出していく両者。だがマッキーが一気にエンジンをトップギアに入れる。サウスポーに構えたマッキーの、フェイントのパンチからの風を切るような左ハイキックがパトリシオの顔面にヒット! 「バチン!」という大きな音と共によろめくパトリシオを左右のフックで更に追い詰め、パトリシオは堪らずダウン。
マッキーは一瞬勝利のポーズを見せるが、まだ試合が終わってない事に気づくと、パトリシオの首を取り、ギロチンチョークの体勢に。世界トップレベルの力を持ちながら報われなかった父の無念、そして連勝を重ねながら、トップコンテンダーに無視され続けた自身の悔しさを両腕に込めて、パトリシオの首を締め上げる。ついにパトリッキーの腕が力なく下がり始めたのを見て、1R1:57でレフェリーが試合をストップ。
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この瞬間マッキーは、念願のパトリシオ撃破、ベラトールフェザー級ワールドグランプリ優勝、ベラトールフェザー級タイトル、そして100万ドルの夢を、たった一夜にして手に入れた!
マッキーはマイクで「僕の夢はすべて叶った!すごいことだよ。まだ終わったわけじゃない、始まったばかりだ。始まったばかりなんだ!」と腹の底から叫んでその喜びを表現する。
さらにマッキーはパトリシオの持っているライト級もロックオンし、パトリシオとのライト級での試合を熱望した。

深まるピットブルとの因縁
だが、パトリシオは同年10月にライト級王者を返上。これに対しマッキーは「また俺との対戦から逃げたのか?」と強い不快感を示し、こう語る。
「全く意味がわからない。何故ヤツは再戦を望んでいながら俺が欲しいものを手放すんだ?訳がわからないよ」
「やっぱり、この際、家族ぐるみでケツを叩いてやる必要があるように思う。二階級王者になるのを楽しみにしているんだ…。これから数カ月、面白い事が起こればいいんだけど…..」と、ピットブル兄弟をまとめて葬る気のようだ。
18戦無敗の若き王者マッキーは、まさに唯我独尊の無敵状態。メディアを通じてUFCのフェザー級王者、アレクサンダー・ヴォルカノフスキーや、元王者マックス・ホロウェイに向け、「俺に勝ったら100万ドルやろう。ジムにスパーリングに来い。」と挑発。
パトリシオとのリマッチの時に至っては「俺が達成した功績を考えると、100万ドル以下は二度と見るべきでないと思っている。ケージの中に入るたびに、俺の記録には “0”がついている。100万ドル以下というのは、合理的でないと思うんだ。今回の試合は50万ドルだったんだけど、俺にとっては食欲がわかないんだ」と言いたい放題。
試合前の記者会見では、「俺はお前の兄を倒し、お前をもう一度倒す」と宣言。
兄のパトリッキーが「お前は夢を見ているだけだ」と発言すると、
「実際にそうなるんだよ、兄弟。それは避けられない事なんだ。“ピットブル ”の歴史を破壊してやる。A.J. “マーセナリー”マッキーがお前達を終わらせるんだ」と、言うとさすがにパトリッキーも呆れたのか「わかったわかった。勝手に言ってろ」と匙を投げた。
全てを失い、一からMMAの基本に戻り、鍛え直してきたというパトリシオと、このまま全てのフェザー級のファイターを食ってやろうかという勢いの、王者マッキーとのリマッチは2022年4月15日に行われた。
マッキーは開始直後からボディへのキックを狙い、熱くなっているように見える。パトリシオはカーフキックでこれに対抗。マッキーはコンビネーションとスピニングバックキックを繰り出し、アグレッシブに攻めつつ、パトリシオのミスを誘うようにフェイントを繰り返す。
2Rはハイキックでスタート。マッキーのディフェンスの隙間にマッキーのボディパンチが入り始め、マッキーが肩で息をしている。
3R、マッキーはこのラウンド、プロのキャリアで最大のピンチを迎える。パトリシオがフェイントをかけながらマッキーを揺さぶり、隙をついてテイクダウン。そこから、前回のギロチンチョークのお返しとばかりに、マッキーの首に腕を回し、ギロチンチョークの体勢に。マッキーは必死にもがいてピンチを脱出したが、パトリシオが優勢という印象のままラウンドは終了。
これまで3R以上を戦った事が無いマッキーにとって、ここからは未知の世界だ。4R、ここまで押され気味だったマッキーだが、この未知のラウンドから息を吹き返し、ボディキックやカーフキックを効果的にヒットさせる。テイクダウンには失敗したが、この試合で初めて優勢に出る。
5R、ようやくテイクダウンに成功したマッキーは、得意のエルボーでパトリシオを苦しめる。立ち上がってからはハイキック、アッパーをヒットさせ、最後の力を振り絞った打撃の連打で試合を終わらせた。
マッキーは後半盛り返したものの、前半の劣勢は覆らず、判定は0-3で、パトリシオの勝利。マッキーは防衛に失敗し、王座から陥落。これまで散々傍若無人な振る舞いをしてきたマッキーにとって、この敗北は、マッキーの心に試合で受けたダメージよりも深い傷を与えたようだ。
絶望からの帰還
この敗戦後、しばらくマッキーは何の声明も発表せず、自宅に引きこもった。
当時の事を彼はこう語る。
「正直言って、精神的に完全に崩壊していた」
「体力的には問題なかったが、精神的には厳しい状況だった。自分に何が起こるかわかっていたから、自分の考えを整理して安定した状態に戻るまで、安全な場所にいたかっただけなんだ」
これまで散々やりたい放題やってきただけに、世間に顔向けができないという気持ちもあったのかもしれない。だが、マッキーは再び立ち上がる。
「それは試合後、2週間目には落ち着いたと思う。それから、気がついたらジムに戻ってきていた。そして火に油を注ぐようにトレーニングに打ち込んだよ」
このマッキーの復活には、父・アントニオの力も大きかったようだ。
「父は優しい人ではない。『立てよと。何を泣いているんだ、この野郎』ってね。だから、『人生の危機を感じているんだ、心が折れそうなんだ」というような話をしようとしても、そんな事は聞きたくないと。彼は俺のために人生を費やしてきた。それは俺のキャリアだけでなく、同時に父のキャリアでもあるんだ。だから、さらに強くなって戻ってくるために、獣に燃料を供給しているんだ」
マッキー本人の努力、そして父の助力もあり、その心に闘志が戻り、2022年10月1日、マッキーは階級をライト級に上げ、再びベラトールのケージに帰って来る。
ライト級初戦の相手となっ、スパイク・カーライルは、打撃、柔術などの様々な格闘技をバックボーンに持ち、変幻自在の攻撃で過去にはUFCでも活躍し、RIZINでも1勝を挙げている実力派選手だ。
試合前にマッキーは、苦境から立ち上がった経験を踏まえて、
「私は死から生還するんだ、アンダーテイカー風にね」※アンダーテイカーはWWEの元プロレスラー。
「生まれ変わったようなものだ。彼は俺に殴られたとき、『ああ、そうか、こいつは強いんだ』と気づくはずだ」と新たな“マーセナリー” をケージの中で見せると宣言した。
試合では、カーライルが一度折れかけていたマッキーの心を完全に粉砕してやろうと、ゴングと同時に膝を出して飛び掛かり、猛然とラッシュを仕掛ける。だがマッキーは冷静にカーライルの動きを見てカウンターを入れ、スクランブルからマウントをとってグラウンドを支配するなど、終始試合をリード。3-0の判定で、絶望の淵から完全復活した姿をアピールした。
試合後には
「俺はただ、彼を殴りたかっただけなんだ。そして、『自分はここに居るべきではない・・』と思わせたかったんだ。でも、ヒジはなかなかよかったよ」といつもの饒舌なマイクパフォーマンスも披露した。

完全復活を見せ、いよいよマッキー vs パトリシオ、三部作に突入かと思われたが、カーライルとの試合後に驚きのニュースが格闘技界を駆け巡る。
なんと2022年大晦日、日本のRIZINのリングで、ベラトール vs RIZINの全面対抗戦が行われ、そのイベントに、マッキーはもちろん、なんと宿敵パトリシオも参加するというのだ!
マッキーがベラトールに参戦して以来、絶えず憎み合ってきた両者が、今回はいわばチームメイトとしてベラトールの威信をかけて日本のリングで戦うという、ベラトールのにくい演出である。
マッキーの相手には、あのボンサイ柔術を代表する、ホベルト・サトシ・ソウザ。そして、パトリシオの相手にはホベルトと肩を並べるボンサイ柔術の使い手、クレベル・コイケが用意され、どちらの結果も全く予想のつかない、厳しい戦いになりそうだ。
また来年にはライト級のタイトルショット、または熱望する“ザ・グレート” ヴォルカノフスキーとの試合は実現するのだろうか?
今後の“マーセナリー” AJ・マッキーからも、まだまだ目が離せない。
AJ・マッキー選手の知りたいトコ!
AJ・マッキーに彼女は? 結婚している?
王者陥落したとはいえ、若くハンサムで、経済的にも成功を収めているマッキーを周囲の女性は当然放っておかないだろうとは思うが、思ったほど女性関係は派手では無いようだ。
過去にはモデルのアリシア・ヴィットリアと交際していたようで、マッキーのインスタに彼女の誕生日を祝う投稿がアップされていたそうだ。
ヴィットリアは非常に魅力的な表情を持ち、スタイルも抜群で、マッキーも熱を上げていたようだが、ある時期からマッキーの彼女に関する投稿はパタリと止まり、ヴィットリアの誕生日を祝う投稿も削除された事から、2人は既に破局したのでは、という見方が強い。
しかし、カムザット・チマエフのように、突然結婚式の映像を投稿するなんて可能性もゼロではないので、ファンの皆さんは彼の動向を注意して見ていて欲しい。
趣味はカーレース!?
SNSや彼のインタビューを細かく見ていくと、彼が非常に車好きだという事が分かる。マッキーはインスタグラムを見る時もいつもF1の動画ばかりを見ているという。また、ベラトールで成功し、巨額のファイトマネーをもらうようになってからは、サーキットで自らレーシングを楽しんでいるようだ。

だが、身体が資本のマッキーがこんなリスキーな趣味を楽しんでいるというのは、チームにとってもかなりスリリングな事に違いない。
ちなみにトーナメント優勝後には、本当はポルシェが欲しかったが、100万ドルを車につぎ込む訳にもいかないと、キャデラックCTS-V1を購入したそうだ。
大好きなスノーボードを禁止された?
マッキーは車と同じくらいスノーボードにも熱意を持っている。こちらも元々は観客として楽しんでいたが、その熱意の高まりと共に、自身も滑りに山へ赴くようになる。
最初のシーズンで“意図的ではない” バックフリップを披露し、軽い怪我を負うと、陣営から「オーケー、そこまでだ」とスノボのファーストシーズン終了を告げられ、マッキーも「わかったよ。ここまでだ」と了承したと言う。
ケージの中だけではなく、常に命の危険を伴う活動が好きなAJ・マッキー。その死をも恐れぬ強い心が、彼のアグレッシブなファイトに反映されているのだろう。
まとめ
ここまで“マーセナリー” AJ・マッキーのストーリーを見てきたがいかがだっただろうか?世界トップレベルの実力を持ちながら、経済的に成功できなかった総合格闘家、父・アントニオに育てられ、そんな父の名を世界に知らしめるためにMMAを始めたマッキー。
破竹の勢いで連勝記録を伸ばしながらも、トップコンテンダー達からことごとく無視され、ピットブル顔負けの狂犬ぶりでパトリシオに噛みつき、上位との試合を要求してきた。
ついに念願が叶い、元王者パット・カランを破り、ワールドトーナメントでは宿敵ピットブルを破って念願の王者になるも、ダイレクトリマッチでまさかの敗北。
一時は絶望の淵を彷徨ったが、その後の復帰戦では奇跡の復活勝利を見せた。
2022年大晦日の試合も非常に注目に値するが、その後、ライト級で勝ち続け、タイミングが合えばパトリシオの兄、パトリッキーとの試合が実現するかもしれない。以前にパトリッキーを二度倒したマイケル・チャンドラーに強烈な憎悪を見せたパトリシオだけに、今回の試合の行方次第では、再びマッキー vs パトリシオの試合が見られるかもしれない。
マッキーの今後のプランがどんなモノであっても、一つだけ確かなのは、彼は間違いなく試合前から私達の気持ちを高ぶらせ、期待感を盛り上げ、そして、試合でそれを最高潮にまで持っていってくれるという事だ。
父・アントニオの夢を叶えたマッキーには、是非今後は自身の夢に向かって走り続けて欲しい。すでに幾つものベラトールの記録を保持しているマッキーが、ベラトールの伝説と呼ばれる日が来るのもそう遠い未来の話ではないだろう。そんな“マーセナリー” AJ・マッキー選手をこれからもみなさんと一緒に応援していきたい。
※アイキャッチはRIZINの公式HPより引用